きつねとべっつりコーラのブログ。

きつねとべっつりコーラの2匹が、日々の出来事について思ったことや感じたことをただ淡々と述べていくだけのブログ。生物多め。

ハリウッドの「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」を観てきたよ!

前回の更新から大分時間が空いてしまったのですね。

どうにも最近おしごとが忙しくて時間が無くなる&私の体力が無くなるで、なかなか更新ができないのですね……。


などと言いつつ先日お休みの日にネタ集めも兼ねて(?)、今話題の「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」を見てきたのですね。


……一応こちら公式サイトのリンクです。

 

godzilla-movie.jp


さて……はい、もちろんパンフレットも買いました。

 

f:id:kurokitsune:20190604184134j:plain


裏はこんな感じ……

 

f:id:kurokitsune:20190604184200j:plain

パンフレットは通常版と特別版の2種類があり、特別版の方が当然高かったのですが、売店の店員さんに勧められるがまま(?)、特別版の方を買ってしまったのですね。


……通常版も結構なお値段で、私の予想していた通常版と実際の通常版との値段の差が、特別版と通常版との値段の差を上回ってしまっていたのですね。


……と、いうわけなので、「今更どっちを買っても同じ」となってしまったのですね。

 

それにしてもこれ……、なんとわざわざテープで封がしてあります。

f:id:kurokitsune:20190604184249j:plain



いかにも「プレミアム」といった感じなのですね……。


……これは大事に扱わねば……。


なんにせよ、今日の記事の本題はパンフレットの感想ではありませんので、パンフレットの話はこの辺にしておきましょう。


今日はネタバレにならない程度にこの映画の感想を述べてみようと思うのですね。


………きつね、なるべくネタバレにならないように注意するつもりではありますが、それでもついうっかり「それ知りたくなかった!」「ちょ……そういうこと言わんといて!」的な情報をばらしてしまうかもしれないのですね。


なので、まだ映画を観ていない人はくれぐれもご注意いただけますと幸いなのですね……。

もしちょっとでも「あ、まずいかな」とお思いの方はこの時点で回れ右してお引き取り下さい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


いいですか……?


みなさん、本当に始めますよ!いいですね!?

 


……では、いざ……。

 

映画のストーリー概要

まず、感想の前に物語のあらましを説明しないことにはお話にならないと思うので、最初にそれを説明します。ほら、いきなりネタバレが来そうな予感がしてきました。


大変わかりやすいことに、物語は現実の時間とリンクしているのですね。


つまり、前回2014年にゴジラが人類の前に始めて姿を現しましたし、映画が公開されたのも2014年でしたが、今回の映画はその5年後から物語が始まるのですね。


2014年の映画ではゴジラとムートーという2種類の巨大生物(怪獣)が登場しましたが、その後コングが発見され、さらにその後世界中で怪獣たちが相次いで発見されたということになっているようです。

そして怪獣たちは怪獣を研究する研究機関である「モナーク」という組織がとりあえずは管理しているのですね。


……コングとモナーク……。

これは2017年に公開されたキングコング 髑髏島の巨神」にも登場したのですね。

世界観がこの映画とリンクしているようです。


……と、いうより、ゴジラとコング両方合わせて既に「モンスターバース」シリーズというレジェンダリー・エンターテインメントさん(と東宝さん)の怪獣映画のシリーズとなっているようです。

つまり、この「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」は「モンスターバース」シリーズとしては2作目ではなくて3作目だったのですね……。


……なんにせよ、ゴジラもコングも、既に同じ世界観を共有する怪獣となってしまっているのですね。

おまけに2020年には「キングコング対ゴジラ」の向こう版もやるそうですから、その伏線も兼ねていたのでしょう。コングはやたらと名前が強調されて登場していたのですね。


なんにせよ、映画においては世界中で見つかった怪獣たちは眠った状態であり、主人公たちや毎度おなじみ渡辺謙さん演じる芹沢博士が所属するモナークによって管理されているのですね。


怪獣たちと共存していこうと考えるモナークですが、ある日「環境テロリスト」達の襲撃を受けてしまいます。

それによってそれまで世界中で眠っていた怪獣たちが目覚め、暴れはじめます。そして世界は大混乱に陥ってしまうのですね。


……なんだかこの辺日本のゴジラの9作目である怪獣総進撃」に似ていますね。オマージュでしょうか。


なんにせよテトリスト達曰く、人類の勢力が広がりすぎた結果、世界のパワーバランスが崩れてしまい、地球環境が悪化の一途をたどっており、このままでは地球そのものが滅びてしまうのだそうです。

それを防ぐためには人類の勢力を調整する必要があり、そのためには生態系の頂点に立つ地球の守護者である怪獣たちを解き放つしかない、というのですね。

これによって人類側には大きな損害が出ますが、絶滅することはなく、怪獣や自然と共存していけるようになる、のだそうです。(超訳


……テロリスト……なんだかものすごくまともなことを言っている気がするのですが……。


ですがさすがに怪獣を暴れさせるのはやりすぎなので、モナーク側は全力で止めようとするのですね。


ですが、ここで一つ、テロリストたちにとっても誤算が生じます。

最初に起こした「モンスター・ゼロ」……キングギドラが暴走し、なんと他の怪獣たちを操り進撃を開始してしまいます。

他の怪獣たちは全て地球で生まれた地球怪獣たちですが、ギドラだけは宇宙からやってきた「外来種」なのですね。


……見た目的にはギドラよりもムートーの方がよっぽど宇宙的であり外来種っぽいと突っ込みたくなるのですが、ムートーは見かけによらず立派な地球怪獣ということになっているようなのでこの際この辺の議論は置いておきましょう。


なんにせよギドラは地球を自分が住みやすい環境に作り替えるために、地球の怪獣たちを従え侵略を始めたのですね。

テラフォーミング!なのですね。


地球を救うために怪獣を放ったのに、このままでは地球はギドラのものになってしまいます。

テロリスト側は「こうなってしまった以上これはこれで仕方がない」と受け入れますが、そもそも怪獣を解放したくなかったモナーク側は見過ごすわけにはいきません。


唯一ギドラの言いなりにならないのは地球怪獣の王であり、最大のライバルである怪獣王ゴジラと、怪獣女王モスラだけ。

モナークは彼らと共にギドラと戦う決意をするのですね。


ギドラを倒せば、他の怪獣は止まる!


かくしてここにゴジラ×モスラ×人類VSギドラ×怪獣軍団の戦いの火蓋が切られるのですね。


まさに2019年版「怪獣総進撃」なのですね!


結局最後はギドラが悪い?

さて……ざっと映画のストーリーを述べましたが……ここで率直な感想なのですね。

これはあくまでも私から見た感想であり……他の人たちの見解と必ずしも一致するわけではない、ということをまず初めに断っておかなければなりません。


とりあえず、本編随所で毎度おなじみの「怪獣プロレス」が見られるのは古くからのゴジラファン(とりあえず私)にとっては嬉しいのですね。

また、日本の怪獣プロレスが怪獣の視点から描写されているのに対し、本作では(というよりハリウッド版では全部?)殆どが人間の視点から描写されているのですね。


つまり、日本のゴジラシリーズでは基本的に「怪獣どうしが戦うのを遠くから眺めているだけ」のような比較的穏やかな描写がされていますが、本作では至近距離からの描写が多く、「頭上でゴジラとギドラが取っ組み合う」「ヘリコプターのすぐ脇でラドンとギドラが取っ組み合う」みたいな描写が随所でされています。(もちろん人間の視点から描写されています。)


早い話が、迫力が桁外れなのですね。


また物語の鍵を握る機械を持った人を、その機械を破壊しようとするギドラがしつこく追い回すなど、「怪獣が個人に向かっていく」描写も割とそこかしこで見られるのですね。

これは東宝怪獣映画ではあまり見られないもので、どちらかというと「進撃の巨人」的な描写だと思うのですが、このおかげで怪獣映画であるにもかかわらずパニック映画的なスリルを感じるのですね。


また、かの有名な伊福部昭さんの作曲した幾つもの「ゴジラ楽曲」のアレンジBGMが色んな箇所で使われていたり、ギドラが最初「モンスター・ゼロ」と呼ばれていたり、対怪獣兵器として「オキシジェン・デストロイヤー」弾頭搭載ミサイルが登場したり、ラドンが火山から出てきたりと、東宝ゴジラシリーズへのオマージュが至る所にちりばめられており、ファンなら思わずニヤニヤしてしまうでしょう。私はニヤニヤが止まりませんでした。

それにゴジラやギドラを中心に据えつつも、他に無数の怪獣たちが出てきて世界中で暴れ回るという「怪獣総進撃」をほうふつとさせる展開もデラックスな感じがして個人的には面白いと思うのですね。

中心となっているのがゴジラモスララドン、ギドラなので、どちらかというと三大怪獣 地球最大の決戦のようにゴジラモスララドンが協力してギドラと戦うのかと思っていたのですが、蓋を開けてみるとラドンはギドラに味方しているので、ここはちょっと驚いたのですが、おそらく米国らしいフェアプレーの精神を尊重したものと思われます(?)。


……つまり、「3対1」ではなくて「2対2」にしたかったのですね。多分。


まぁ、ギドラを「1匹」と数えるか「3匹組み」と数えるかによっても状況は違ってくると思うのですが……。


なんにせよ最終的にはゴジラがギドラをやっつけて怪獣たちの暴走は止まるわけなのですが……この辺でなんとなく疑問に思うのですね。

なぜなら、暴れるのをやめた怪獣たちはそのまま元いた場所に帰ってしまい、また眠り始めるのですね……あれ!?


……人類の勢力を調整するのが怪獣たちの役割ではなかったのか!?

と、いうより、この問題ドコいった!?


……この辺明確な描写はされていませんでしたが、ラストの登場人物たちの口ぶりからすると、


今のところ「ゴジラは人類の味方」である……つまり、人類の勢力を調整する必要は特にないと判断している。

そしてギドラが倒れた今他の怪獣たちはゴジラの軍門に下り、またそのゴジラが「オマエら何もしないでとっとと帰って寝ろ」と言った……のかは知りませんが、ゴジラが人類の味方であり、何もしない以上、他の怪獣たちも特に何もせずに帰っていった。


………などと解釈するのが妥当なのでしょう。


つまり、テロリストたちが言っていた「地球環境を守るために怪獣を解き放って人口を削減する必要がある」というのは今のところは「単なる杞憂に終わってしまった」ようで、当の怪獣たち(少なくともゴジラ)は「その必要はない」と判断したようです。


ゴジラの敵にはなりたくないよね」……って、なんだか「ガメラ2 レギオン襲来」のラストを思わせる展開なのですね……。


では彼は……ゴジラは一体何のために戦っていたのか……。


「ギドラの支配から地球を守るため」………これに尽きます。


…………あれ……………。


…………結局「悪いのは全部ギドラ」!!


………一体何なのでしょう……この妙な後味は。


まるで「怪獣総進撃」で最後キラアク星人のコントロールを絶たれて我に返った地球怪獣たちが、キラアク星人の手下だったギドラを(彼も単に操られていただけで、本心から地球を攻撃しようと考えていたわけではないはずなのですが)全員で寄ってたかってボコボコにしてしまったという「フェアプレーの精神の欠片もないラスト」を見た時のようです。

そもそも悪いのはギドラを操っていたキラアク星人であり、キラアク星人から解放してあげればギドラは何もしないで何処かへ飛び去っていたと思うのですが、なんだかここで「全部すべてオマエが悪い!」ということにされてしまったのですね。


……ギドラさんがかわいそうなのですね。


今回の映画はこれとまったく同じ展開を踏襲しているように思えます…………ん!?


………まさか、これもオマージュなんじゃ……?


……レジェンダリー・エンターテインメントさん、そんなところまで真似しなくていいのですね!


それに、そもそもギドラが地球怪獣たちを操れたという設定も疑問が残るのですね。

地球怪獣たちもどうやらギドラが外来種であるということを知っていたようですが、一体何が悲しくて「よそ者」の言いなりにならなければならないのでしょう。


……一体ナニを吹き込まれたのか……。

札束で頬を叩かれでもしたのでしょうか。


そして最後にギドラを倒したゴジラが戻ってくると、やっぱりアンタが一番とばかりにそそくさとゴジラの元に集う怪獣たち。


……なんと恐るべき手の平返し!

 

まるで今まで散々自由気ままにふるまっておきながら、ヴォルデモート卿の復活に伴いさっさと彼の支配下に戻ってきたデスイーター達のようなのですね。


……この人たちに地球を任せておいて本当に大丈夫なのか知らん。


いや任せるも何も、物語が始まるまではゴジラとムートー以外の怪獣たちは仕事をせずに単に寝ていただけなわけなのですが、そもそも彼らはどうしてずっと眠っていたのでしょうか……。

地上を人類が闊歩し始め、新しい「生態系の頂点」が誕生したことで自分たちの役目が終わったと察し、全てを人類にゆだねて眠りについたとでもいうのでしょうか。


……謎は尽きません。


それに、「ギドラだけを倒せばOK」という終わり方も何とはなしにシンプル過ぎるというか、短絡的というか……。

こういった生態系だの生物どうしの共存だのが絡んでいる問題というのはもっと複雑で熟考が必要なものであり、単純に「外来種を駆除すれば良い」というものではないのではないでしょうか……。


そしてやっぱり、故郷の星に帰ることもできず、ここで生きていくしかないと決心した矢先、どういうわけか全ての責任を押し付けられてしまったギドラさんがかわいそうなのですね。


ま、まさか……これは昨今における侵略的外来種をめぐる問題を投げかけているのではなかろうか……。


いやでももともと外来種うんぬん以前に人間が好き勝手やってきたのがまずかったという話だったような気が……。

 

それがいつの間にか外来種問題にすり替えられてしまっているのですね。


なんにせよあくまで個人的な感想ですが、ストーリー的には割と一貫性が微妙で詰めが甘い感じが否めないのですね……。


怪獣たちは文句なしにかっこいい

さて……物語についての感想は以上にしておきましょう。

古くからのゴジラファンとしてはもう一つ気になることがあるのですね。


……それはズバリ怪獣たちの造形なのですね。


前作のゴジラ(2014年)の時点では巨大な体と自重をしっかりと支えられそうな「少し太めのゴジラが話題となり、またこの体型はその後のアニメ版のゴジラにも踏襲された(?)わけなのですが、他の怪獣たちはどうなっていたのでしょうか。

……ポスターを見るとわかると思うのですが、ラドンやギドラは従来の造形を尊重し、イメージを損なわない程度に適度に弄ってあり、ですがそれに伴いかっこよくなっているのですね。

 

凄い……まるで進化だ。

 

ギドラが山の上で翼を広げて雄たけびを上げるシーンがあるのですが、これはもう滅茶苦茶かっこよくて鳥肌モノなのですね。


ついついバンダイさんが出している怪獣フィギュアのシリーズ「S.H.MonsterArts」のギドラさんが欲しくなってしまうのですね。

tamashii.jp


………高いけど…………。


よりにもよって……シリーズの中でギドラさんが一番高いのですね。

一番大きな怪獣ですから……いろいろ仕方がないとは思うのですが……。


……、フィギュアの話は置いておきましょう。


あまり戦闘向きではなさそうなモスラが平成モスラ三部作で「ものすごく強そうな感じになった」というのは記憶に新しいですが、今回のモスラもその例にもれず(?)かなり強そうになっているのですね。

ただ、平成モスラシリーズではビームなどの特殊能力を活かして戦っていたモスラですが、今回のモスラはビームではなくもっぱら格闘戦寄りの仕様になっているのですね。


……モスララドンと取っ組み合うシーンもあります。


取っ組み合いだなんてなんだかモスラのイメージに合わない気がします……。

ですが今回のモスラは手足やお尻の先が鋭利なカマになっており、見るからに「強そう」なのですね。

また一説には「ムートーに似ている」という意見もあるようです。


……モスラはファンタジー寄りのキャラですし、個人的にはモスラには格闘兵器よりもビーム兵器を搭載して欲しかったと思うのですが……そこはきっと平成モスラ三部作との差別化を図りたかったのでしょう、多分……。


……モスラはともかくとして、他の怪獣たちは良かったと思うのですね。


それから劇中にてゴジラとギドラが戦った際に、ギドラの首が一本落とされてしまうのですが、ギドラはすぐに再生するのですね。

……おまけに映画のラストでその時に落とされた首がまだ「残っている」という描写がなされていますが、こ、これは……。


なんとなくモスラキングギドラ来襲」辺りで見たような既視感なのですね。

きっとこの首がまた再生して次のギドラが生まれてしまうに違いありません。


これはきっと、次回作へつなぐための伏線なのだろう。

 


また、余談ですがムートーもゴジラペルム紀からずっと生き続けていたという設定なのですね……。

ペルム紀と言えばイノストランケヴィアなどの単弓類や、ディプロカウルスなどの両棲類、ヘリコプリオンなどのサメ類が栄えた時代なのですね。


しかし……ゴジラの姿はどう見ても恐竜ですが、ペルム紀にはまだ恐竜は誕生していなかったはずじゃ……。

そもそもオリジナル版ゴジラではゴジラは恐竜時代ど真ん中で、ペルム紀からは6000万年以上も後の時代であるジュラ紀の生物だと言われていたはずじゃ……。


……話がややこしくなりそうなので、時代考証に関するツッコミはこの際置いておきましょう。


ムートーは……まぁいいや。


なんにせよ上記の通りストーリーがいまいちアレな気がしますが、怪獣達や登場する人たちがかっこいい上に戦闘シーンは凄まじい迫力で楽しめるので、これはもう純粋にストーリーだのテーマ性だのを度外視して「怪獣プロレスを楽しむ映画」として観るといいのかもしれません……。