きつねとべっつりコーラのブログ。

きつねとべっつりコーラの2匹が、日々の出来事について思ったことや感じたことをただ淡々と述べていくだけのブログ。生物多め。

平成最後の日!案の定日本各地でお祭りが

平成最後のお祭り


早いもので、気付けばもう今日は4月の終わりなのですね。

同時に、平成が今日で終わるのですね。


昭和から平成になった時とは違い、今回は天皇陛下がご存命ですから、国中で自粛ムードになっていたりすることもなく、それどころかむしろ明るいムードでお祭り騒ぎになってさえいるのですね。

そのさまはまるで元号の変わり目という「スペシャルなお正月」が来る前の、「デラックスな大晦日といった感じなのですね。


さて……元号が発表された時もそうだったので、こうなることはわかりきってはいましたが、案の定今回も各地でちょっとしたお祭りが巻き起こっているようです。


日本各地で粛々と……平成が令和に変わる

当然なのですが、新聞やテレビなど色々なメディアで岐阜県関市の平成村が紹介されているのですね。

この村の最寄り駅である(?)道の駅平成には、案の定人が押し寄せたらしくにぎわいが続いているようです。


ここでは「平成」にちなんだ「平成ラーメン」「平成弁当」「平成しいたけ」「平成メモ帳」「平成→令和クリアファイル」などの平成グッズが売られているのですね。

それどころかなにやら「平成(へいせい・へなり)の空気缶」なるいわゆる「空気の缶詰」が、300個限定で売り出されているようです。


中には平成の五円玉が入っており、新しい時代へのご縁がありますようにとの願いが込められているようです。

prtimes.jp


……先ほどテレビで見ましたが平成の皆さん(たぶん)が手作業で一つずつ缶に空気を入れているのですね……。

お値段はお一つ1080円(税込)なのだそうです。


こ、これは………

お買い得……なのでしょうか……。


平成の五円玉ですから、もちろん昭和の2年間だけに限定的に生産されていた筆字で書かれた五円玉、いわゆる「筆五」ではないのですね。

おそらくちゃんとお浄めされたご利益のありそうなピッカピカの五円玉かとおもわれます。


製造風景をよく見るとちゃんと五円玉が(材料として)脇に置かれているのですね。

www.gifu-np.co.jp

 

 ああ………こりゃすごいや……。

とっても楽しそう……なのですね。

 

…………次へ行きましょう。

 

 

意外にも「平成」という名前を持つのはここだけではないようで、熊本県を走るJR豊肥本線の駅にも「平成駅」というところがあるのですね。

案の定平成最後の日にここを訪れ、記念撮影をしたり切符を買ったりした人が多くいたそうです。

また記念のスタンプもあるのですね。


また広島県尾道市の老舗のかまぼこ屋さんでは、30個限定で「令和かまぼこ」なるものが発売されたようです。

……イカ墨で「令和」の文字が描かれているのですね。

当初は30個限定だったそうですが、案の定(?)瞬く間に完売してしまったため、これでは足りないと気付いた店側が直ちに追加生産を行ったのだそうです。

www.fnn.jp

 これはなかなか可愛い………にゃ。


……………ざっとこれだけ見ただけなのですが……本当に各地で平成・令和ブームになっているのですね。

おそらく今夜には平成→令和の変わり目を迎えるカウントダウンイベントに始まり、午前0時をまたぐようにしてNHKの特別番組「ゆく時代くる時代」が放送され、それから平成時代の締めくくりにこの時代の108つの煩悩を取り除く「スーパー除夜の鐘」が日本各地で厳かに鳴り響くに違いありません。

 

……………………冗談です。

 

なんにせよ、平成初の天皇陛下ご存命下での改元イベントのため、日本各地でかつてないほどの改元ムードになっているということに相違ありません。

そのムードたるや、既にあらぬ憶測を呼び起こしてしまっているようで、この「令和」という元号そのものも、一般庶民から貴族までが皆等しく作品を投稿して作り上げた日本最古の「同人誌」である「万葉集」に由来していることから、「一億総活躍社会」を表すものであり、またこの令和にしようと決めた当の安倍首相その人が、「一億総活躍社会への想いをこめ、またそれを体現するために令和という名前を選んだ」のだ………などという噂が現在まことしやかに世間を騒がしているのは周知の事実でしょう。

 

みんなこんなに大騒ぎして……こんなのただの噂なのに。

……いや、本当か……。


まぁ、私個人としては令和が一体ナニを体現していようが大して関係なく、今までと同じようにこの社会の片隅で己の居場所を探し求めながら一日一日を大切に生きていくだけなのですが……。


令和には……希望がある?

………なんだか今日はあまり筆が進まないのですね。

というより、我ながら文章が暗いのですね。


やはり私は政治や社会の関連の話になるとイマイチテンションが上がらないようです。

既に文面に思い切り「棒読みの香り」が漂ってしまっているのですね……。


いけません……これでは昔学校でよく見た全校生徒を一時に退屈のどん底にたたき起こす凄まじい破壊力を持つアレ………「校長先生のスピーチ」と大差ありません。


きっと雨降りだから憂鬱な気持ちなのでしょう。


なんにせよ、新しい時代を迎えるにあたり、皆さん色々と抱負を抱えていることと思います。


……私個人としましても、令和は希望溢れる時代になって欲しいと思うのですね。


というのも、平成には希望と言えるようなものが何も無かったのですね……。

 

ご存知の通り、昭和の後半には高度経済成長時代という大きな樹がぐんぐんと成長を続け、枝を伸ばし、葉を茂らせていきましたね。

そして最後の最後にバブルという花を咲かせたわけなのですが、その花は(平成になったとたん)あっという間に散ってしまい、またそれに伴い今まで散々成長を続けていた国民の希望ともいうべき大木が、途端にその成長を止め、希望どころかむしろ重荷になってしまいました。


……きっと高度経済成長時代という大木はあっという間に散ってしまう桜の木だったに違いありません。


なんにせよ、「希望の大木が絶望に変わった」日本ではどんどんと景気が失速し、またそれに伴って非正規雇用なる「現代の奴隷制度」が生まれ、貧富の格差やデフレが蔓延していき、それゆえに自分たちは希望の大木の分泌する甘い樹液を啜っておきながら、結果として後の世代には負の遺産だけを残して希望の大木を枯らしてしまった「バブルのころに浮かれていた世代」たちはその後の若い世代から激しいバッシングの嵐を浴びせられるハメになったという話は、皆さんも記憶に新しいでしょう。

……デフレそのものは個人的にはそんなに悪いこととは思いませんが、貧富の格差は深刻なのですね。


国民みんなの持っているお金の合計そのものはこの30年間でほとんど2倍にまで増えているのに、今や若い人の5分の1が貯金0とは一体どういうことなのでしょう。


彼らが持っていない分は一体どこにいったのでしょうか。


要するに、持っている人と持っていない人との差が広がっただけなのですね。

 

ああ…………。

……希望の木ではなくて、今度は格差の木が育ってしまったのですね。


……それが、私の覚えている平成なのですね。


恵まれている人は自分が恵まれているということにすら気づきませんし、自分たちより「下」がいるだなんて夢にも思わない。

恵まれていない人は「上」の方にいい暮らしをしている人たちがいると漠然とわかってはいても、自分には関係のないことだと諦めてしまっているし、最初から「努力すればそのようになれる」という考えすら無い。まぁもちろん、努力なんてしたってなんにも変わらないわけですし、そもそもこんな状況でナニをドウ努力すりゃいいんだよって話ですから、そんな今は亡き高度経済成長時代のように考えること自体がむなしいだけなのですが。


そして両者の間は高い高い壁というよりもむしろ深い深い地割れのような構造物によって分断されており、永久にその差が埋まることはない。

格差が完璧に固定され、既に古き良き時代の「士農工商」制度のような階層社会が出来上がってしまっている。


……要するに、下の方にいる人たちはどんなにがんばっても上に上がれないし、上の方にいる人たちは大して努力もしなくても現在の水準を維持できる。


(お金を持っている)「上」の方の人たちがこの問題に気づいて行動すれば何とかなりそうなものですが、問題なのは彼らが「下」の方の人たちの存在に気づいてすらいないか、もしくは気付いていたとしても殆どが見て見ぬふりをしているため、一向に状況が良くならないのですね。


……一体何なのでしょう、この閉塞感は。


ですが昭和もバブルも知らない私が覚えているのは、そのような歪んだ平成時代だけなのですね。

 

あああああ………一体何だったのだろうか、私にとっての平成って……。

私を育ててくれたありがた~い時代のはずなのですが……素直に「ありがとう」と言えないのですね。

結局何もできずに時代だけが終わっていく……時だけが過ぎていく。何とも言えない無力感なのですね。

 

まぁ、日本企業で常態化していたパワハラが表ざたになってバッシングを受けたり、LGBTの存在が幅広く認められたり、日本人は働き過ぎだという海外から見ればごく当たり前なのに当の日本人が全然気づいていなかった事実にようやく日本人が気付き始めたりして、いろいろと改善の兆しが見え始めたことは平成の進歩と言えるかもしれませんが、これは平成も終わりを迎えるつい最近の話ですし、おそらく残りの殆どが令和の話なのですね。

きっと後の世の人たちからは「平成=パワハラが酷かった時代」「令和=パワハラが改善された時代」と認識されるに違いありません。

 

……なんにせよ平成の生み出した良いものは何かと聞かれてもイマイチ微妙としか言いようがないのですね……。

むしろ負の側面の方が大きく見えるのですね。


だからせめて次の時代は……このようなことにはならないと良いのですが……。

と、いうより、平成が生み出したこれらの格差が無くなっていくと良いのですが……。


歴史に詳しい人の中には、元号が変わると人々の気持ちがリセットされ、新しい抱負が生まれるので、本当に新しい時代が訪れる、という人もいます。

おそらくこれまでの時代はそうだったのですね。結果として平成は、文字通り日本が「平和に成った」ので、戦争の無い平和な時代となったのですね(少なくとも国内は。他所の国は言わずもがなですが……)。


令和は……どうなるでしょうか。

きっとそれは私たちの手にかかっているのですね……などと当たり前で至極無難なことを言っておくにとどめておきましょう。


ともあれ、令和もよろしくお願いします。

色々と書きましたが、令和がどのような時代になっても、私はここで一日一日を大事に生きていくことに変わりはないのですね。

またこのブログも続けていきます(というよりまだほとんど始まったばかりですが……)。


なんにせよ、令和もきつねとべっつりコーラのブログをよろしくお願いします。


………そもそも見てくれている人がどれくらいいるのかは甚だアヤシイですが………。