「ムシ」「虫」「蟲」
当ブログ、名目上では特に取扱いジャンルが決まっていない、何でもアリのいわゆる「雑記ブログ」ということになっているのですね。
ですが最近では私の趣味が見事に反映され(?)、生き物のことを中心に書いているのですね。
……なるほどこれでは人が来ないのもうなずける……などという現実的な話は置いておくとして……。
生き物のことを調べていると割とよく遭遇する言葉がいくつかありますが、そのひとつが「ムシ」なのですね。
漢字で書くと「虫」もしくは「蟲」となる、あの言葉なのですね。
「蟲」はあまり使わない漢字であるためか、「風の谷のナウシカ」だの「蟲師」だののフィクションにおいて意味が独自に再定義されており、早い話が「ほとんど固有名詞」と化していますが、現在では「虫」と「蟲」は「書体が違うが同じ漢字」として扱われているので、少なくとも現在において両者の間に意味上の違いはないのですね。
……今の時代は。
なんにせよ、普通単に「ムシ」といえば「昆虫」を表しますが、この言葉の実際の守備範囲はそれよりも遥かに大きなものです。
つまり、たとえばクモやムカデなどは「昆虫」ではありませんが、「ムシ」に含まれるのですね。
では彼らが共通して属する分類群である「節足動物」のことを「ムシ」というのかというと、そういうわけでもありません。
ですが、分類学的に節足動物とは全く関係の無い生き物……たとえば「線形動物」の仲間であり、魚に寄生する寄生生物「アニサキス」……これは「ムシ」と呼ばれます。
早い話が、「ムシ」とはなにか固有の生物学的な分類を指す言葉ではないのですね。
……というより、もはや何でもありすぎて「ムシ」の定義がよくわからないのですね。
とりあえず「動物のあるグループ」を表す言葉であることには間違い無さそうですが……一体「ムシ」とは何なのでしょうか。
すっごく気になったので、ちょっと調べてみたのですね。
現在の意味
まず、前提として……。
現在の日本語において「ムシ」という言葉が具体的にどのような動物を表しているのか、それをおさらいするのですね。
昆虫やムカデ、クモなど一般的に「ムシ」と言ってまず初めに思い浮かぶ動物たちは大抵「節足動物門」に属しています。
なのでまずは「節足動物」から考えてみるのが手っ取り早そうです。
「門」だの「亜門」だののいわゆる「分類階級」に関してはこちらの記事にざっとまとめてあるので、気になる方はどうぞ。
また節足動物についてはこちらにまとめてあります。
……さて……。
絶滅種を除くと、節足動物は以下の4つのグループ(亜門)に分類できるのですね。
- 鋏角亜門
- 多足亜門
- 甲殻亜門
- 六脚亜門
この中で一番わかりやすいのは「昆虫」が含まれている「六脚亜門」なのですね。
六脚亜門はさらに「昆虫綱」と「内顎綱」の2つのグループに分かれますが、昆虫は全ての種が「ムシ」と呼ばれますし、内顎類もしかりなのですね。
またムカデやヤスデ、ゲジが含まれる「多足亜門」もどうやら全てが「ムシ」と呼ばれているのですね。
……つまり、「六脚亜門と多足亜門=ムシである」と考えて差し支え無さそうです。
ですがややこしいのが残りの2つなのですね。
クモやサソリが含まれる「鋏角亜門」は、その下がさらに
- クモ綱
- ウミグモ綱
- カブトガニ綱
に分かれるのですね。
カブトガニを「クモ綱」に含めるという新しい学説もありますが、そうするとさらにヤヤコシイことになるのでここでは既存の説を採用して「カブトガニ綱」としましょう。
なんにせよ、まず一番上のクモ綱はその下がさらに
- クモ目
- サソリ目
- ダニ目
- ヒヨケムシ目
- ウデムシ目
- サソリモドキ目
- ザトウムシ目
- カニムシ目
……
……などと色々分かれますが、共通しているのは全てが「ムシ」と呼ばれている、ということなのですね。
ということは、鋏角亜門のうち少なくともクモ綱は「ムシ」と呼んで差し支え無さそうです。
またクモ綱の姉妹グループであるカブトガニ綱には「カブトガニ目」と「ウミサソリ目」の2つが属していますが、「ウミサソリ目」は既に絶滅してしまっているので、とりあえずカブトガニ目だけを考えることにします。
さて……、おそらくカブトガニ(ウミサソリも)を「ムシ」と呼ぶ人は誰もいないと思うのですね。
名前に「ムシではない節足動物」の代表格である(?)「カニ」が入っているからなのかもしれませんが、もしかするとカブトガニのあの大きさのせいもあるのかもしれません。
どうにも「ムシ」というと小さくてわらわらしているイメージが強いため、小さくもなく、わらわらもしないカブトガニをムシに含めようとは誰も考えないのかもしれませんね。
なんにせよ、「カブトガニ」は「鋏角亜門」ですが、「ムシ」ではないのですね。
また、同じく「ウミグモ綱」に属する動物である「ウミグモ」も、名前に「クモ」と入っていますがムシとは呼ばれないようです。
つまり、「鋏角亜門は大部分がムシだが、カブトガニとウミグモはちがう」のですね。
……なんだか話がややこしくなってきましたね。
また、エビやカニ、ダンゴムシやグソクムシを含む「甲殻亜門」も同じくらいヤヤコシイのですね。
……こう書いている時点でもうお気づきかと思うのですが、「ムシ」と呼ばれる生き物とそうでない生き物がここにも混在しているのですね。
甲殻亜門は例の如くいくつもの「綱」に分かれますが、書き切れないのでとりあえず有名な「軟甲綱(エビ綱)」についてのみ書くのですね。これだけで十分かもしれませんが。
この「軟甲綱」にはエビやカニが属していますが、彼らは「ムシ」とは呼ばれません。
ですが同時にここには「ダンゴムシ」「ミズムシ」「グソクムシ」など、「ムシ」と呼ばれるグループである「ワラジムシ目」が含まれているのですね。
(ミズムシという名前の昆虫がいますが、ここで挙げているのは甲殻類の方のミズムシ(Asellus hilgendorfii)です。和名が同じなので紛らわしいですね。)
より正確に言うなら、エビやカニは
軟甲綱-真軟甲亜綱-ホンエビ上目-十脚目(エビ目)
に属しており、ダンゴムシは
軟甲綱-真軟甲亜綱-フクロエビ上目-ワラジムシ目
に属しているので、「上目」レベルで両者は異なっているということになります。
……では、「ホンエビ上目はムシではないが、フクロエビ上目はムシである」ということなのでしょうか。
じつはそういうわけでもありません。
少なくとも「ホンエビ上目」には「ムシ」と呼ばれる生き物はいない、ということは確かなようです。
ですがフクロエビ上目にもまた、「ムシとそうでない生き物の両方が属している」のですね。
同じフクロエビ上目でも、ヨコエビなどを含む「端脚目」やアミの仲間である「アミ目」は「ムシ」ではありません。
…………なんだか「ムシ」の定義がわからないのですね。
ですが、ひとつだけなにやら両者の分かれ目らしいものが見えてきました。
……もしかすると、「水に住んでいるものはムシではなくて、陸に住んでいるものをムシという」のでしょうか。
そういえばカブトガニやエビ、カニは水棲ですが、クモ、サソリ、ダンゴムシは陸生なのですね。
……ですが残念ながらこの分類も成り立ちません。「ミズムシ」は言うまでもなく、我らが水族館の人気者、「グソクムシ」が海の生き物であるということを忘れては困ります。
だいたいそんなこと言ったら「水棲昆虫であるカゲロウやトンボの幼虫は全てムシではないが、大人になって陸で生活を始めるとムシになる」ということになってしまいます。
また、節足動物以外にも、上にも書きましたが「ムシ」と呼ばれる生き物はたくさんいるのですね。
アニサキス含める「線形動物」は全て「線虫」と呼ばれますし、ナミウズムシ、サナダムシ、エキノコックスなどが属する「扁形動物門」も「ムシ」なのですね。
また線形動物に似て非なる「類線形動物」の1グループであるハリガネムシもまた、ムシの名を冠しています。
他にも、「鰓曳動物門」「半索動物門」や、「脊索動物門」の一部でさえも……ムシと呼ばれるものがおり、挙げ出したらキリがないのですね。
それどころか、イカやタコや貝の仲間であるはずの「カタツムリ」の別名が「デンデンムシ」だということは周知の事実でしょう。
……いけません、これは混乱するしかないのですね……。
こうしてみると……「ムシ」という言葉は本当に守備範囲がバラバラなのですね……どうしてこうなった。
もはや分類学的なアプローチで「ムシ」の謎を解明するのはムシ……じゃなくてムリがあるものと思われます。
ふーむ……この謎を探るためにはおそらく「ムシ」という言葉……それから「虫」「蟲」という漢字のルーツを探る必要があるのでしょう。
次の見出しではそこの辺りを遡ってみるのですね。
本来の意味
さて……「虫」と「蟲」、もともとは別の漢字であり、読み方も異なっていたようです。
私の調べたところによると、古代中国において、どうやら「虫」は「毒ヘビ」を表す文字だったようなのですね。
元はといえば「虫」は「マムシ」を象った象形文字だったようで、「中」の部分はマムシの頭を表しているのですね。
……そういえばこのヘビの名前は日本語でも「ムシ」と付いています。
そして「蟲」はというと、なんと「動物」という意味があったのだそうで、羽蟲=鳥、毛蟲=獣、甲蟲=カメ、鱗蟲=魚やトカゲ、龍などの鱗のある動物、裸蟲=人、など、昆虫やヘビ以外にも生きて動き回るものすべてを表していたのですね。
それがいつの間にか(画数が多くてヤヤコシイから?)毒蛇である「虫」の字で代用されるようになり、またその過程で読み方も「蟲」の読み方に統一されていき、この2つは「同じ漢字の異字体」という扱いになっていったようです。
現在も使われている生物の分類群のひとつに「爬虫類(もしくは爬虫綱)」がありますが、これは元々「爬蟲」であり、「這い回る動物」という意味だったのですね。
……ちなみに現在の中国語においては「爬虫類」は「爬行動物(パーシンドンウー)」「爬行綱(パーシンガン)」と呼ばれており、そのまんまわかりやすく「這い回る動物」という名称になっているのですね……。
「爬虫」というのは古い中国語での名称のようですが、それが日本に引き継がれ、また今でも使われているようです。
そういえば中国の人にとって日本語は「古い時代の中国語をそのまま記録しているアーカイブ」のようなものなのだそうです。
日本語では当たり前のように使われている単語であっても、中国語では既に絶滅危惧種……になっているのかもしれません。
なんにせよ、これらの変化が転じて、そのうち「虫・蟲」は「ヘビおよびそれよりも小さな生き物を表す言葉」になっていったようですが……。
……どうにも腑に落ちないのですね。
ヘビおよびそれより小さい動物を表すなら、ネズミやカエル、スズメなども「ムシ」ということになってしまうのですね。
元々「動物」という意味では彼らも「蟲」ですから、それはそれでよさそうですが、実際にはそうなっていません。
……やっぱりよくわからないのですね……一体「ムシ」の定義って何なのだろうか……。
結局は適当に呼んでいるだけ!?
せっかく語源まで調べておいて言うのもアレなのですが……。
こうなってしまった以上、もうこう結論付けるしかない気がしてきます……。
最終的にはたぶん、「見る人の主観」なのですね、きっと。
……と、いうことは、最初に名前を付けた人によっては、現在ムシと呼ばれているものがムシではなかったり、逆にムシと呼ばれていないものがムシだったりした可能性もあるわけなのですね。
……つまり、「タカアシガニ」が「タカアシムシ」だった可能性は十分にありますし、また「ダンゴムシ」が「ダンゴエビ」だった可能性もしかりなのですね。
しかし、いくら「主観で決まる」名称と言っても、やはり「エビ」や「カニ」と「ムシ」とでは受ける印象が全然違うのですね。
つまり、同じ甲殻類であり、たとえ体の主成分が同じだったとしても、「エビ」「カニ」と聞けば「おいしそう」ですが、「ムシ」と聞けばとたんに食べ物という認識が無くなるので、この差はかなり大きいと思われます。
もし「グソクムシ」が「グソクエビ」だったとしたら、今頃彼らは日本中の食卓に浸透していた……のかもしれません……?
もっともグソクムシは一部地域では既に「食べる」試みがなされており、しかもどうやらけっこうおいしいらしいので、もしかするとそのうち食卓に浸透していくのかもしれませんが……。