きつねとべっつりコーラのブログ。

きつねとべっつりコーラの2匹が、日々の出来事について思ったことや感じたことをただ淡々と述べていくだけのブログ。生物多め。

「傷付く方が悪い」という言い訳 身勝手な考えは取り返しのつかない結末を呼ぶ?

先日久しぶりに友達のTさんが私のところに遊びに来たのですね。

……この人については以前既にこちらの記事で書いておりますが、残念ながら当方あまり他に気軽に会える友達がいないため、またしてもこの人が登場するのですね。

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なんにせよ、このTさん、またしてもなにやら問題を起こして……じゃない、愚痴をこぼしていたのですね。


どうやら友達との間に一悶着あったようです。

Tさんは私から見ても他の人と違う感性を持っているいわゆる「変わり者」ですが、それゆえかしばしば頻繁に周囲と衝突してしまうようなのですね。


なんにせよ一旦愚痴モードになるとどうにも聴かないわけにはいかなさそうなので、私もしぶしぶ話を聴いたのですが……どうにもこの件に関してはTさんの言い分が的を射ており、私としてもTさんに味方したくなるような内容だったのですね。

 

かなり長くなってしまったので目次を設けるのですね。

 
TさんとRさんの会話

さて……問題のTさんの友達なのですね。

私はこの人のことは全く知りませんし、ここで勝手に名前を出すわけにもいかないので……ひとまず単にRさんとでもお呼びしましょう。

絵描きであるTさんの友達ですから、当然(?)この人もお絵描きさんです。なかなか可愛らしい絵を描く方なのですね。


話を聞く限りではこのRさん、Tさんとはそれなりに親しいらしく、何度か一緒に会って遊んだりもしたようなのですね。

前にも一緒に秋葉原だか渋谷だか原宿だか蔵王キツネ村だかどこだかを散策したらしく、その時のことは結構自慢げに語っていたのですね。


……なんだか羨ましいのですね。

私との思い出も自慢げに語ってくれないか知らん。


なんにせよ、そのRさんとTさんは先日、ツイッターのメッセージ機能を使って会話をしていたのだそうです。


……メールでもラインでもなくてツイッターなのですね。

こういうところなんだか進んでいるのか……何なのか……。


……まぁいいや。


そして残念なことに、その時にRさんが言った何気ない一言で、どうやらTさんが傷付いたようなのですね。

どうにもRさんは(ツイッター上では)明るい性格の人らしいのですが、何の気なしに相手が傷付くことをズケッと言ってしまうことがしばしばあるようです。


……いますね、こういう人って。


Tさんもそれを知っており、Rさんに悪意はないとわかっていたそうなのですが、やはり友達ですしそういうことはちゃんと指摘した方がいいだろうと考えたのでしょう。

散々悩んだ挙句、結局それをRさんに言ったのだそうです。


……さて、どうなったでしょう。


Rさんは自分の過ちに気付き、「まずい、傷付けてしまったのか!」と思ったのでしょうか。

そしてTさんに「ごめんね、そんなつもりじゃなかったんだ」と謝ったのでしょうか。


実は違うのですね。


なんと、驚いたことに……逆にTさんがRさんに怒られたのだそうです。


………なんで!?


ログが残っているので私も見せてもらいましたが、Tさんは単に「あなたの言ったことで私は傷付いた。このような言い方はしないで欲しい」と言っただけなのですね。

べつに「撤回してくれ」とも「謝れ」とも言っていませんし、「こんな言い方をするなんてオマエはなんて無神経なんだ!」と相手を責めたわけでもありません。


なのにどうしてRさんは怒ったのでしょうか。


もしかして、Tさんの言い方がきつすぎて、逆にRさんが「いくら私が悪くても、そんな言い方しなくていいじゃないか!」と怒ったのでしょうか。


Tさんもどうやらその可能性を考えたらしく、「自分の指摘の仕方が逆にあなたを傷付けてしまったのならすまなかった」と謝ったのですね。


……Tさん、オトナなのですね……。


ですがどうやら違っていたようです。

Rさんの言い分はそうではなくて、いわく「私の言った言葉のどこをどう解釈すればそのように傷付くのだ?こんな程度のことで傷付くなんてオマエはなんて面倒な奴なんだ!」……なのだそうです。


……つまり、Rさんの言い分としては「こんな些細な事で傷付くTさんが悪い」ということなのですね。


これはさすがにTさんも面食らったようです。

「自分の言い方で相手が傷付いたのならともかく、どうしてこんな理由で自分が怒られるのだろうとわけがわからなかった」と言っていたのですね。


あまつさえRさんは「オマエのようにこんな些細なことで傷付く面倒な奴とはもう付き合いたくない。これきりにしよう」と言い出す始末。


………色々不条理で反論の余地がありすぎるのですが、「怒っている人にはどんな正論を言っても全く聞く耳持たない」と判断したTさんは、素直にその提案を受け入れ、2人ともお互いにフォロー解除し合ったのだそうです……。


理解不能なRさんの主張

……どうにも腑に落ちないのですね。

公平中立に見ても、どうしてRさんがここまで怒るのか、確かに理解できないのですね。

フォロー解除とはすなわち「絶交」という意味なのですね。

いくら自分の非を指摘されて気まずくなったとしても、その程度の理由でそこまでする必要があるのでしょうか……。


上にも書きましたが念のため許可を頂いて(もちろん私とRさんは会ったことも話したことも無いのでTさんの許可だけですが……)、その時のログを見せてもらったのですね。


残念ながら勝手にここに掲載するわけにもいかないのでしないことにしますが……これは本当に理解できない……。

Rさんの言っていることはところどころというかほとんど支離滅裂で……自分の非を指摘してきたTさんに対して逆に「エラそうだ」だの「なんだその言い方は」だのと言ったりするなど、「論理的に反論している」というよりももはや「怒りに任せて騒いでいる」ようにしか見えないのですね。

怒っているのはTさんのはずですし、そういう意味ではTさんが少々「エラそうに」振る舞ったとしてもべつに不思議はないのですが……。


そしてその挙句出てくるのが「傷付いたオマエが悪い」などという「非論理的な」考え方……。


自分から相手が傷付くことを言っておきながら、まっこと身勝手なのですね。


私から見るとTさんもTさんでなんでこんな自分勝手な人と友達になったんだ、などとツッコミを入れたくなるのですが、Tさん曰く「Rさんは元々こんな自己中心的な考え方をする人じゃなかった」とのこと。


……まさか、何かの原因で変わってしまったのでしょうか……。


人間というものは何らかの要因で180度性格が変わってしまうということもざらなのですね。

かくいう私もかつては純粋だった身の回りの人たちが、次々に己の利益のために他者を蹴落とすのもいとわない真っ黒な人間になっていくのをいやというほど見ているのですね。


……一体Rさんに何があったんだ……。


それとも怒りで文字通り「我を忘れていた」のでしょうか……。


……Rさんの変貌については置いておくとして、問題なのはその「考え方」なのですね。


私から見てもこれ、かなり危険な思想だと思うのですね。


……今どきこのような考え方が蔓延しているのだろうか……。


「傷つく方が悪い」は詭弁

残念ながら結局2人の喧嘩は割と取り返しのつかない終わり方をしてしまったわけなのですが……これ、どうするべきだったのでしょうか。

Tさんとは親しいのにRさんとは面識がない私がこういうことを言うのも不公平な気がしますが……これはあくまで私の感想であって、全てではないと前置きしておきます。


その「私の感想」では……


………どっからどう見てもRさんが悪いのですね。


と、いうより、もはや弁論の余地がないのですね。


そんなつもりが無くても、自分の言ったことがうっかり相手を傷付けてしまうのはよくあることですし、それは仕方がないと思います。

ですが……、それを指摘されて「こんな些細なことで傷付くオマエが悪い」などと言うのは言い分として間違っているのですね。


Tさんの言い方が気に入らなかったのなら、素直にそれを指摘し返せばいいだけの話です。もちろん自分の非を認めて謝った上で。

そもそもそんなことをするまでもなくTさんは先回りしてその可能性を考え、謝っているのですが。


Tさんも常々言っていることですが、自分の言ったことをどのように受け止めるかは人によって違うのですね。

だからこそ私たちは人と話す時には相手を傷付けないように注意しなければいけませんし、もしうっかり傷付けてしまったのなら謝るべきなのですね。


……逆に言うと、もし傷付けてしまったとしてもちゃんとごめんなさいと言えばいいだけの話です。

わざわざ逆ギレして「傷付いたオマエが悪い!」などと言う必要はないのですね。


よもやRさんはそこまで「謝るのが嫌い」だったのだろうか……。


と、言うより、上にも書きましたがこれは相当に危険な思想なのですね。


なぜなら、このような言い分が正当化されるのなら、この世に存在する全ての「人を傷付ける行為」……ハラスメントだのいじめだの、そういった類のものすべてを……「肯定」することになってしまうのですね。


確かに……、「古き良き時代」である「昭和」の学校では、「いじめられるのはオマエが弱いからだ」だの「いじめはいじめられる方が悪い」だのという屁理屈じみた理屈がまかり通っていました。


ですがそんな化石みたいな時代はもう終わったはずです。


昭和を通り越し、平成ももう終わりを迎える今現在、この人権後進国日本でもようやっといじめやハラスメントに対する理解が広まり、「被害者側がいじめだと判断すれば、たとえ加害者側に悪意は無くてもいじめは成立する」という考えが一般に浸透してきているのですね。


「ハラスメント」もまたしかりです。


ですがRさんの言い分はそれらを否定し、完全に時代に逆行しているのですね。まるで昭和の綺麗事だ!


「傷付いた方が悪い」だなんて考え、加害者側の屁理屈です。


こんな時代錯誤も甚だしい、古き悪き時代の屁理屈は速やかに撲滅していくべきだと思います。

そうでなければこの国からはいつまで経ってもいじめやハラスメントが無くなりませんし、早い話が日本に未来は無い!!のですね。


Rさんの事情も汲み取らなければ

……いろいろと書きましたが、これはあくまで私の意見であり、理想なのですね。


ですが本当に公平に物事を考えるためには、Rさん自身の事情も考慮しなければいけません。


そもそもこの人は一体どんな人なのでしょうか。

ちょっと……私の独断と偏見と妄想力とに物を言わせて考えてみるのですね。


まず、Rさんは文章の中で、なんだか自信満々に「オマエが悪い」と言い張っており、私から見るとかなりの自信家で自分が常に正しいと思い込んでいる、まるでみんなが大嫌いな昭和のあの世代みたいなイヤな奴なのではないか……などと思えてしまうのですね。


ですがTさん曰く直接会った時のRさんはいつもニコニコしていて割とおとなしく、それほどの自信家には見えないとのこと。

またみんなと別れて帰る時に、急に寂しくなってひとりで泣いていたり、「自分は臆病で気が弱い」だとか、「仕事で自分だけ上手くできない」というような話をこぼすなど、「自信満々」とは程遠い人なのだそうです。


だからこそTさんは今回のRさんの「豹変ぶり」に面食らっていたわけなのですが……こういう話を聞くとなんとなく見えてきますね。


もしかするとRさんは劣等感の強い人なのかもしれません。


そういえばRさんはTさんに反論するときも「全く関係の無い話」を持ち出して支離滅裂に反論していたのですね。

この時点ですでに話の論点がずれてしまうのですが(それが狙い?)、その「関係の無い話」がどう見ても「自分のトラウマ話」としか思えないのですね。


………本当に劣等感強そうだぞ……。


そうすると割と辻褄が合うのですね。

なぜなら劣等感の強い人にとって、「自分の過ちを指摘される」ということは、実は相当な苦痛なのですね。

今回Tさんは十分優しく「過ちを指摘した」わけなのですが、「優しく指摘される」か「厳しく指摘される」かはこの際関係なく、「指摘されること」そのものがいけないのですね。


早い話が、過ちを指摘された時点で地獄に突き落とされるわけで、「優しく突き落す」も「乱暴に突き落とす」も結果はおなじなのですね。


つまりRさんは、逆に言えば「自身の過ちを見抜き、指摘してくる人」が苦手……言ってしまえばそういう人が「天敵」であると考えることができるのですね。


そして今回Rさんは、Tさんに「過ちを指摘された」ことによって、Tさんが「自分の過ちを指摘してくる可能性がある人」だということを知り、また同時にこれからもこのように過ちを指摘してくるかもしれないと判断したのだと思われます。


……つまりRさんは、Tさんが実は「自分の天敵」であり、なおかつ「これからも幾度となく自分を地獄に突き落とすかもしれない」ということに気付いたのですね。


実際Tさんは何か問題が起こったとき、その「責任の所在地」をかなり正確に見抜き、相応の対応をする人なのですね。

それはつまり自分に非がある時は素直にそれを認めるということなのですが、逆に言えば相手に非がある時は容赦なくそれを指摘するのですね。


つまり、劣等感の強いRさんにとってはまさに「次にいつ自分を地獄に突き落とすかわからない厄介な相手」なのですね。


そんなTさんと一緒にいるということは、言ってしまえば「地雷原の中を歩く」ようなもの。


「オマエのような面倒な奴とはこれきりにしたい」というセリフにはそういう意味が込められていたのかもしれません。


またあの自信満々な「逆ギレ」に関しても、自身の劣等感の裏返しにより過度に怒り、またそれを悟られないようにするために過度に自信満々に「オマエが悪い」と言い返した可能性があるのですね。

もちろん単純に「自分の迂闊な一言がTさんを傷つけてしまった」という罪悪感と、「こんな風に不注意に人を傷つけてしまうなんて自分はなんて駄目な奴なんだ」という劣等感が怒りに繋がった、というのもあるでしょうし、もしかするとその両方なのかもしれません。


おそらくRさん自身も自分がたまに不注意から他人を傷つけてしまうということを自覚しており、どうにかしなければと考えていたのでしょう。

ですがそれをなかなか直すことができず、そのことに対して劣等感を抱いていたのだと思います。

そこへTさんから指摘され、「またやってしまった。一体何度目だ。自分はなんて駄目な奴なんだ」と感じてしまったのでしょう。


心に余裕があり、それが自分の悪い癖だと素直に受け入れている人なら、指摘されてもあるいは「そうなんだよ、私の悪い癖だ。すまんな」くらいに笑い飛ばせるかもしれません。

ですが悪い癖だと受け入れずに「直したいけど直らない」と焦っている人ならば、そんな余裕はありませんし、笑い飛ばすなんて到底できないのですね。


またここで素直に自分の非を認めれば、それすなわち「自分はうっかり人を傷つけてしまう無神経で駄目な奴」だと正式に認めることになってしまいます。

そこでRさんは無意識のうちに自分を守ろうとし、事実を捻じ曲げ、「自分は悪くない」ということにしてしまった。

でも「Tさんが傷ついた」という事実までは消せませんから、当然そのままでは矛盾してしまいますね。「自分に原因が無いのなら、一体Tさんはどうして傷ついたのだ」と。

だからその矛盾を解消し、辻褄を合わせるために、「自分は何もしていないが、Tさんが勝手に傷ついた」つまり、「悪いのは自分ではなく『傷ついた』Tさんの方だ」ということにしてしまった。


そしてその後ろめたさの裏返しから、すごい剣幕で怒ってしまった。


………のではないでしょうか。


怒りというのは「第2感情」……つまり、「まず何かの感情が沸き起こって、それに後から付随して現れる2番目の感情」ですから、決してそれ単体では存在し得ないのですね。

つまり、必ず怒りの前には第1感情……怒りの原因となる別の感情が存在するはずです。


それは恐怖であったり、不安であったり、焦りであったり、そういった類の負の感情なのですね。


劣等感は不安や恐怖に繋がり、不安や恐怖は怒りに繋がる。


……ということなのだと思います。


文中でTさんに対し「エラそうだ!」と怒ったのも同じですね。


Rさんはおそらく無意識のうちにTさんの方が自分より上だと思っていたのでしょう。

Tさんの方が年上だから?絵が上手いから?外国語ができるから?頭がいいから?……理由は私にはわかりません。ですがRさんがTさんに対して何かしらの劣等感を抱いていたのは間違いなさそうです。


なぜなら、そもそも自分と相手が対等だと考えていたとすれば、相手が少々エラそうな態度をとったとしても、そこまで怒る必要はないのですね。
相手は単に演出の都合により(?)そういう態度をとっただけで、本当は別にエラくもなんともないということがわかっているわけですから。

ですが自分より相手の方が上だと感じており、なおかつその相手がエラそうな態度をとった場合は劣等感が刺激されてしまうのですね。
自分でも本当に相手の方がエラいと思っているわけですから。


その結果、怒ってしまうし謝ることもできなくなってしまう。

Tさんは別に「気を付けてほしい」と言っただけで「謝ってくれ」と言ったわけではないのですが、おそらく劣等感の強いRさんにとってはものすごい剣幕で怒られたのと同じくらいのショックだったのでしょう……。


また上にも書いたように、それに対しTさんは「自分の言い方が悪かったのかもしれない」と考え、逆に何度も先回りして真心を込めた文面でRさんに謝っているのですね。


……ですが皮肉なことに、もしかするとこのことがRさんをさらに怒らせてしまった可能性があるのですね。


「謝られて怒る」だなんてなんとも奇妙な感じがしますね。

ですがそれがさらに自分の劣等感を刺激したとしたらどうでしょう。


つまり、Rさんは劣等感が強く、それゆえ自分の非を認められませんし、謝るのが苦手なのですね。

そして劣等感が強いということは、おそらくそれがいけないことだと自分でもわかっているのですね。


ですが……謝るのが苦手なRさんとは違い、Tさんは自身に非があると思えばごく当たり前のように謝ってきます……自分がどうしてもできないことを、Tさんはいとも簡単にやってしまいます。


……喩えて言うなら「自分は絵が下手だ」と悩んでいる人の目の前で、あっという間に素晴らしい芸術作品を1枚仕上げてしまうようなものです。


……そんなことをされたら、Rさんはきっとこう感じるのですね……「自分は謝ることすらまともにできない心の狭い人間なのに、Tさんはこうも素直に謝ることができるのか……なんて心が広い奴なんだ!自分は遠く及ばないじゃないか!!」


そうやって「謝られた」ことがかえって劣等感を刺激し、さらに怒ってしまう……。


そうして事態は収拾がつかなくなっていくのですね。

これではTさんも「相手の怒りを静めるために謝ったのに、なぜかさらに怒られてしまった」とわけがわからなくなってしまいますし、「謝っても落ち着いてくれない」と途方に暮れてしまうのですね。


結局悲しいすれ違い?

こうやって分析していくと、なんだかとても悲しいすれ違いなのですね。

2人ともどちらが悪いわけでもありませんし、別に喧嘩をする必要なんて最初からなかったのだと思います。


Tさんが傷ついたとしても、Rさんに悪意は無かったわけですし、Tさんにもそれはわかっています。

またTさんはそれを踏まえたうえで、Rさんならきっとわかってくれると思って「気を付けて」と言ったのですね。


ところがRさんはTさんが思っていた以上に強い劣等感を抱いていたようで、激昂し、結果こうなってしまったのですね。


これはTさんにとっては不本意な結末であったでしょう。

また怒りに任せて反撃したRさんも、怒りが収まり、冷静になった後はかなり後悔したのではないでしょうか。結果として友達を裏切ってしまったわけですから。


怒りはつかのま、悔恨は永遠………なのですね。


私はTさんとの付き合いはそれほど長くはありませんが、今ではいちおう親密にお付き合いさせていただいていますし、彼のことはそれなりによく知っているのですね。

私の知る限りTさんは普段から理路整然とした考え方をし、また感情よりも論理を重要視してそれに従い行動する、まさに「論理を絵に描いたような人」なのですね。

そして感情よりも道理を重要視するがゆえに、相手が己の感情を満たすために道理に合わないことを言って黒を白にしようとした時は、容赦なく追い詰めて論破してしまいますし、そういう場面を私も見たことがあるのですね。


Rさんの「反論」は、怒りのせいか私から見てもあまりにも非論理的で支離滅裂であり、またTさんにとっては「あまりにも矛盾だらけで簡単に論破できるたぐいのもの」だったのだそうです。

おそらく普段のTさんなら容赦なく反撃したでしょうし、もしTさんが本気で反撃していたら、Rさんは自身の繰り出した矛盾に取り囲まれて手も足も出なくなり、感情的になってしまったことで自分で自分の首を絞めたという事実を思い知ることになっていたでしょう。


ですがTさんはどうしてもRさんを論破する気にはなれなかったのだそうです。


それがどうしてなのか、Tさん本人にもよくわからないようなのですが……私にはなんとなく見当がつくのですね。

きっとTさんは、友達を攻撃したくなかったのですね。


ここから得られる教訓は?

さて……、せっかく「イヤなエピソード」があったわけですから、ここから何かを学ばなければイヤな目に遭っただけ「損」になってしまうのですね。

と、いうわけなので……私の独断と偏見を駆使して、ここから学べるものは何なのか、考えてみるのですね。


まず1つ言えるのは……「人は負い目を感じた時に怒る」ということなのですね。


本当に自分が正しいと思っている人は、誰かに「君は間違っている」と指摘されても「えっ?そうなの!?」と驚くか、もしくは「まさか、そんなはずはないよ」と笑い飛ばしてしまうのですね。


指摘されて怒るのは、自分でも相手の指摘が正しいと思ったからなのですね。


つまり、もし私たちが相手の非を指摘して、相手が怒った時、きっと相手は口では必死になって自分を正当化してくるのですね。

ですが相手はただ声に出して言うことができないだけで、心の中ではちゃんと自分の非を認めているのですね。


ここで私たちはどうするべきでしょうか。

相手が悪いのだから、相手がちゃんと声に出して自分の非を認めるまで追求するべきでしょうか。


それもいいかもしれません。


少なくとも、相手が政治家や会社の上役などの「責任ある立場」の人だった場合、その人が自身の非を認めず逆ギレしたままうやむやに終わらせることは許されないのですね。

こちらも徹底的に非を指摘して認めさせ、相応の対応をしてもらえばいいと思います。


ですが……相手がただの友達だった場合はどうでしょう。


相手は既に自分が悪いとわかっているわけですから、こちらからさらに畳みかけてそれを認めさせる必要はないと思うのですね。

つまり、怒った時点で非を認めているということになるわけですから、これはもう「自分の非を認めて謝った」のと同じだと考えていいと思うのですね。

もちろん「謝罪の言葉」の代わりに「怒りの言葉」が出てきますが、意味していることはきっと同じなのですね……「私が悪かった」。


今回Tさんは珍しく(?)反撃しませんでしたが、私はそれでよかったのだと思います。

Tさんが何も言わなかったという事実は、Rさんの心の中に楔のように突き刺さり、この後何年にもわたってRさんを苦しめ続けるかもしれません。

少なくともRさんに良心があれば、反撃してこないTさんに、自分が感情的かつ一方的にあれこれ言ってしまったということに対して罪悪感を抱き続けると思うのですね。


そして……もしその後Rさんがそれを受け入れ、素直に自分の非を認めることができるようになれば、きっとまた戻ってくると思うのですね。


なぜなら、その時はきっと、Rさんの方からTさんに謝りたくなるはずなのですね。