きつねとべっつりコーラのブログ。

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口の形で言語が変わる?でもさすがにそれだけじゃないでしょう

6500を超える世界の言語、食生活の変化で多様化?

世の中の言語というものは実に多様なのですね。

日本語、英語、中国語、韓国語、イタリア語、フランス語、ラテン語エスペラント語……ざっと思い付くだけでも相当な数の名前が出てきます。

世界に幾つの言語があるのか、正確な数はさすがに誰も数えることができないので、言語学者たちの間では長年議論の的となっていますが、一説には6500~8000以上あるのではないかと言われているようです。


さて……、1つの言語はいくつもの「音」の組み合わせでできていますが、その1つ1つの「音」のことを「音素(おんそ)」というのですね。

日本語ならば母音である「a」「e」「i」「o」「u」と、子音である「k」「s」「t」「n」「h」「m」「y」「r」「w」「p」「b」などが音素ですね。
(日本語の文字では音素を直接表すことができないので、音素を表せる音素文字であるラテン文字アルファベットを使うのですね。)


外国語を学んだことがある人なら知っていると思うのですが、どんな音を「音素」に採用しているかは言語によって違いますね。

たとえば英語やエスペラント語には「f」や「v」という音がありますが、これらの音は日本語には無いのですね。


……若い人たちは外国語に慣れているためか「ファ」や「ヴァ」といった表記を見てごく当たり前に「fa」「va」と発音できますが、本来これらの音は日本語では「hua」「ba」で代用するのが普通だったのですね。私もちっとも知りませんでしたが。


なんにせよ……今日はこの「f」と「v」についてなのですね。
(もしかして始めてこのブログで言語学の話が出たかもしれない……?)


昨日の夜、ナショジオさんの記事を見ていたのですね。

すると非常に興味深いニュースを見つけてしまったのですね。

natgeo.nikkeibp.co.jp


なにやらスイスのチューリヒ大学の言語学者のチームが、3月15日付けのアメリカの学術誌「サイエンス」に論文を発表したのだそうです。

それによるとどうやら遠い昔、人類の食生活が変ったことにより、唇歯音……つまり、「f」や「v」などの音が生まれたのかもしれない……のだそうです。


……「f」と「v」が食生活の変化で生まれた!?


一体どういうことなのでしょう。とてつもなく気になったので読んでみたのですね。


食生活の変化→歯並びの変化→音の変化

論文を書いたのは言語学者ダミアン・ブラーシさんという方なのですね。

どうやら食生活が変わることで歯並びが変わり、それが言語に影響を及ぼした可能性があるのだそうです。


農業が始まる以前、人類はみんな野生で自生している植物や動物を獲って食べる……いわゆる「狩猟採集生活」をしていたのですね。


……つまり、野生の動物と同じ生き方なのですね。


ですが1万年ほど前に農業というものが始まり、食べ物を自分で作れるようになっただけでなく、おかゆやチーズなどの「やわらかいもの」を食べるように食生活が変化したというのですね。


そしてこのことが人類の歯並びに変化をもたらしたようです。


どうやら狩猟採集生活をしていたころの人類はみんな「かたいものを食べていた」ので、「上の前歯と下の前歯がきっちりかみ合う」歯並びをしていたらしいのですね。

それが「やわらかいものを食べるようになった」結果、「下の前歯よりも上の前歯の方がやや前に出ている」という現在のスタンダードな歯並びになっていったのだそうです。


そしてこのことが言語に革新的な(?)変化をもたらし、新たなる音である「f」と「v」の誕生につながったのではないか……と、論文では考えているのですね。


問題の「f」と「v」

まず、前提として……。

「f」と「v」はそれぞれ、日本語で言うところの「清音と濁音」のような関係なのですね。

厳密には「無声音と有声音」といい、それぞれ「声を出さずに発音する音」と「声を出しながら発音する音」なのですね。


ですがそれ以外……発音するときの口の形はおんなじなのですね。


つまり、両方とも「下の唇の上に、上の前歯を乗せる」という発音の仕方なのですね。

そのまま「声を出しながら息を吐く」と「v」に、「声を出さずに息を吐く」と「f」になります。


これは試しに「下の唇の上に、上の前歯を乗せる」構えのまま、交互に声を出したり出さずに息を吐いたりを繰り返すと、自然と出てくる音が「v」「f」になるのことでもわかりますね。


また、これと似たような音に「b」と「p」があるのですね。

これらは「両唇音」と呼ばれる分類に属する音で、それぞれ日本語の「バ行」と「パ行」であり、「有声音と無声音」の関係なのですね。


そしてこれらは両方とも「下の唇と上の唇を合わせた」状態で発音するのですね。


……なんだか「v」と「f」に似ていますね。

合わせるのが「唇と唇」か、もしくは「唇と歯」かの違いなのですね。


実際「b」と「v」、「p」と「f」を区別しない言語もあり、かくいう日本語でも上に書いたように本来ならば「va」は「ba」と発音されるのですね。


そして論文では、「下の前歯よりも上の前歯が前に出るようになった」ことにより、「b」や「p」のような音の中から(おそらくはそれを発音しそこなって)「v」や「f」が生まれたのではないか……と言っているのですね。


……なるほど、全体的に「上の前歯と下の唇」の位置関係が前後にずれたため、音の発音方法もそれに伴ってずれたのではないか、ということなのですね。

これは非常にわかりやすい……!


言語が生物学的要因によって変化するという証拠!?

さて……論文の作者であるブラーシさんは、「私たちの研究をきっかけにして、言語の特徴の一部が生物学と文化の間にあるものとして研究されるようになってほしい」と言っているのだそうです。


今まで言語とはその土地ごとの文化と共に多様化していったと考えられていたのですね。

ですがこの研究により、言語とは文化だけでなく、少なくともその一部は生物学的な体のつくりにより……つまり、物理的な発音器官(口など)の形により、どうなるかが決まる……という結論に至ったようです。


………え………?


……それって当たり前のことなんじゃあ……。

そもそも人間の言語とは人間が発音しやすいようなつくりになっているはずなのでは……。


人間以外で人間のように高度な音声言語を持っていると言われているのはクジラやゾウの類ですが、彼らは言うまでもなく彼らにしか発音できない音で会話をしているのですね。

つまり、たとえ相手の言語を知っており、会話をしようとしたとしても、人間やクジラはゾウの言葉を発音できませんし、また人間もゾウもクジラの言葉を発音できません。

また言うまでもなくクジラもゾウも人間の言葉を話せないのですね。たとえ聴いて理解することができたとしても。


つまり、言語とはそもそもそれを使う動物の発音器官の特徴に合ったものであるはずなのですね。


………それともそういう「人間対他の動物」というようなスケールの大きな話ではなく、「同じ人間同士の間で」という意味なのでしょうか……。


……「口の形によって言葉が変わる」仮説のスケール感についてはよくわかりませんが、なんにせよこの仮説は元々ブラーシさん以前にも、1985年に言語学者のチャールズ・ホケットさんという方が調べていたものなのですね。

ただ、その後どういうわけか撤回されているようです。


また、ブラーシさんも元はといえばこの仮説を否定するために研究を始めたようなのですね。

ですが……どうやら調べれば調べるほど、仮説を肯定するしかなくなってきたのだそうで、ブラーシさん達は今となってはすっかりこの仮説の支持者なのですね。


否定的な意見も

ただ、少し前までのブラーシさん自身がそうであったように、多くの言語学者はこの仮説には懐疑的なようです。

その根底には言語の違いが物理的な口の形に由来し、つまるところ遺伝子の違いに由来するという考え方は、自民族中心主義につながってしまうという懸念があるようです。


……おそらく「口の形によって言葉が変わる」説を採用してしまうと、ある言語が世界規模で広まった時に、その言語を母語としていた人たち……つまり、「その言語に合った口を持っている人たち」が「自分たちの方が遺伝子的に優れている、今世界中で大人気のこの言語にぴったりな口を持っているのだから」などと言い出しかねない、ということなのだと思います。たぶん……。


そのため現在の言語学においては、人は皆「言葉を話すための同じ生物学的ツールと発声能力」を持つ……つまり、「誰もが皆その気になれば、どんな外国語でもちゃんと発音できる」という考えが中心となっているようです。


実際にブラーシさん自身も「『口の形によって言葉が変わる』説は、言語に対する文化の影響を否定するわけではない」と強調しているのですね。


つまり、あくまで「言語とは生物学的な口の形の違いと、文化の違いの両方に影響を受ける」ということなのですね。


……私も大いにそう思うのですね。

結局は両方なのでしょう。


なぜなら、生物学的に近いであろう民族同士の言語の間にさえ、その音素には相当な違いがあるのですね。


つまり、言語が「100%口の形によって決まる」のであれば、「異なる人種の言葉の間には差異があり、同じ人種の言葉同士なら同じような音になる」はずですね。

……つまり、たとえば「ヨーロッパの言葉とアジアの言葉は音素が異なっているが、ヨーロッパの言語同士、またアジアの言語同士は同じような音でできている」というようなことになるはずです。


ですがこれらの言葉を知っている方ならわかる通り、実際は違うのですね。


同じヨーロッパ言語でも、英語とイタリア語、ドイツ語の音素は同じではありません。

またアジアの言語同士でも、日本語と韓国語、中国語は全く違う音からできています。

むしろ実際はイタリア語と日本語の母音が両方とも「a」「e」「i」「o」「u」の5つであったり、中国語とギリシア語に共通の音があったりなど、ありえないはずの共通点がわりとふつうに存在していたりするのですね。


つまり、言語とは一概に生物学的要因……つまり口の形だけによって決まるものではない、ということなのですね。少なくとも同じ人間の言語同士では……。


……また私自身、常日頃から生物学の常識に同じく「言語や人種、民族といったものに優劣は存在せず、全てが必要だからこれほど多様化しているのだ。したがってどれか1つの言語だけがみんなの中心となるというのは間違っている」という考えを持っているということを、ここで断っておくのですね。


まだまだ続くブラーシさんの研究

さて……、ブラーシさんの研究チームはこれから古代の言葉の音素がどのようなものだったかを再現し、カタログにしていくのだそうです。

なんだか色々と奥の深そうな分野ですが、これによってもしかすると今度は「文化が言語にどのような影響を与えるのか」がわかってきたりするのかもしれません。

もしかすると「魚を食べる国だと、それで歯並びが変わるわけではないが、なぜか母音がこうなる!」みたいなことがわかったりして……。


……なんにせよこんな研究……面白すぎて目が離せないのですね。