アメリカカブトガニ
昨日の記事といささか被る内容だと思うのですが……。
ちょっと、言いたいことがあったので物申すことにします。
今日も昨日の記事に同じく動物と自然環境の話なのですね。
昨日はマングースのことを書きましたが、今日の動物はカブトガニ……より正確に言うのなら、アメリカカブトガニ(Limulus polyphemus)なのですね。
カブトガニという動物についてはこちらの記事にいろいろ書きましたのでよろしければご覧ください。
血液にすごい力が
さて……、本題です。
みなさんはカブトガニの血液が医療現場において人命を救うことに大いに貢献しているということはご存知でしょうか。
アメリカカブトガニの血液にはLAL(Limulus polyphemus amebocyte lysate、アメリカカブトガニ変形細胞溶菌物)と呼ばれる物質が含まれているのですね。
……なんだか難しい名前なのですが、要するに有害な細菌が作り出す毒によって医療機器などが汚染されていないかどうかを確かめることができる成分なのですね。
細菌の毒(エンドトキシン)は人の体に入ってしまうと様々な悪影響があるため、体の中に入れる必要のあるもの……注射する薬や医療器具など……は、使う前に一度この毒で汚染されていないか、ちゃんと確かめなければならないのですね。
もし毒が混ざっている薬を体に入れてしまっては大変なのですね。
そこで登場するのがこのLALなのですね。
この物質は細菌の毒と反応するとゲル化して固まり、毒素を内部に閉じ込めるのですね。
逆に固まらなければそこには毒はないということになります。
つまり注射したい薬などにこの物質を入れれば、それが細菌の毒で汚染されているかどうかがわかるのですね。
……ちなみに日本にも生息している「カブトガニ(Tachypleus tridentatus)」 にもTAL(Tachypleus tridentatus amebocyte lysate、カブトガニ変形細胞溶菌物)という似たような物質が含まれていて、こちらも同じ用途に使えるそうなのですが、LALとは微妙に使い方が違うのですね。
カブトガニの献血……割とザンコク
なんにせよ、LALの材料である血液を採るために、アメリカでは毎年50万匹もの生きたカブトガニを捕まえているのですね。
捕まえたカブトガニは特別な許可(つまり、血を抜く許可)を事前にもらっている6つの会社のどこかに送られ、体を洗った後で採血装置に固定され、30%ほどの血液を取られるのですね。
……30%の血だなんて……そんなにたくさん採って平気なのだろうか……。
具体的な工程はこちらの動画で解説されているのですね。
泥だらけの沼のようなところで捕まえたカブトガニを綺麗に洗い、その後ちゃんと消毒してから注射針を刺し、血を貰うのですね。
字面だけでみると人間の採血と同じみたいなのですが、ですが……。
そもそも水の中に住んでいる生き物、陸に上げて平気なのでしょうか……。
それに、カブトガニさんたち……体を二つ折りにされて台の上に縛り付けられて……背中にぶっとい針をぶすっ!
血がみるみる滴り落ちてきて……なんだかすごく苦しそうです……。
………なんか、ザンコク…………。
………死んじゃうんじゃ……。
と思ったら、採血が終わったカブトガニさんたちはちゃんと海に戻されるのですね。
また捕まることがないよう、もといた場所から遠く離れた海に還されるそうです。
なんだ、案外ダメージは少ないのですね。
血を抜かれたカブトガニもその後1週間ほどで血液量が回復、血液細胞の数も2~3か月で元に戻るようです。
死者が出ないのなら……まぁいいのかな……。
カブトガニを捕まえてから海に戻すまでの間の工程には数日かかるそうですが、誰も死なないなら数日間海を留守にするだけなので、特に生態系に悪影響があったりとかもしないのかな……。
……などと思っていたら!
どうやら案の定問題があるようです。
相当高い死亡率。どう見ても環境破壊。そもそもなぜ続けた
なんと、この「採血」によって1~3割ほどの子は死んでしまうのですね。
…………やっぱり死ぬんじゃん!!
ってか!
3割、だって!?
少なく見積もって1割だったとしても…………死亡率高すぎです!!
人間の献血ですら何人か死んだ人がいるみたいですが、それでもこんなに高い死亡率ではありません!
こ……これは……。
環境破壊の匂いがプンプンです!
案の定、この「採血目的の乱獲」により、アメリカのカブトガニの数は大分減ってしまったのですね。
正確な個体数は定かではありませんが、産卵された卵の数は1990年代初頭から考えると10分の1ほどにまで減ってしまっているのですね。
……卵の数が10分の1になったのなら、個体の数も10分の1ほどにまで減っていると考えてよさそうです。
当然ですがカブトガニの卵は他の動物の食べものになったりと生態系と密接に関わりを持っているのですね。
もちろん親のカブトガニも何らかの形で生態系とかかわりを持っているはずですから、減ってしまえば何らかの悪影響が出てくるのは目に見えています。
と、いうより。
年間50万匹も捕まえて、うち1~3割を死なせているとすれば、つまり少なく見積もっても年間5~15万匹ものカブトガニが余分に死んでいることになります。
余分に、というのはつまり「自然界で自然に死ぬ数に加えてさらに」ということです。
またカブトガニが亡くなる人為的な理由は献血以外にも釣り餌にするための乱獲や生息地の破壊などがあげられますから、実際の「余分な死亡数」は相当な数になるものと思われます。
それらの問題を除いたとしても、年間15万匹も余分に死んでいる時点でかなりの数です。
……献血による死亡率が3割に達した時点で……いや、それが仮に1割だったとしても……どこからどう考えても環境破壊を誘発することは目に見えていますね。
……なぜにこのような活動を長年続けていたのだろうか……。
代替品もあったのに……
このような現状に対し、さすがに各地で反対の声が上がりつつあるようです。
またLALに似た成分は人工的に合成することができるようで、実際にアメリカの大手製薬会社、イーライリリー・アンド・カンパニーさんは「Recombinant Factor C(組み換え因子C、代替ファクターCとも。通称 rFC )」という物質の合成に成功したのですね。
これを使えばカブトガニの血液は必要なくなり、結果採血で亡くなる子もいなくなるのですね!
これは素晴らしい発明です。
一体いつ実用化されるのだろうか……などと考えていると……。
……この「rFC」、元々は生物学者のJeak Ling DingさんとBow Hoさん夫婦(名前の読み方がわかりません……どこの人だろう)が開発したもので、どうやら2003年にはDingさんたちと提携するロンザさんという会社から既に流通していたようです。
………なんだって!?
そんなに便利なものがそんなに早くからあったのに、どうして今まで使わなかったのでしょう。
……どうやらこのrFC、なぜか普及しなかったらしいのですね。
そのせいでその間ずっと15年以上もの長きにわたりカブトガニは血を取られ続けてきたのですね……。
そしてその間3割もの子が……数にするとおそらく200万匹以上のカブトガニが、採血によるダメージで亡くなっていたのですね。
それが最近になってようやく普及し始め、カブトガニが無駄に血を流すことも無くなりつつある……ようです。
少なくともアメリカでは、カブトガニの採血が段階的に廃止されていくことになった……ようです。
…………本当でしょうね…………。
そもそもそんな代替品があるのに、どうして今まで普及しなかったのでしょうか……。
単に認知されていなかったのでしょうか。
それとも開発が進んでおらず、安全面で問題があったのでしょうか。
……それとも何か別の理由があったとか……。
……まさか血を採っていた会社の利益を優先したとか…………。
……なんだか大企業の陰謀の匂いがプンプンしますね。
誰が責任を取るんだ!
調べてみると、どうやらそのようです。
普及しなかった理由は大きく分けて2つ。
1つは単純にrFCをはじめとする代替薬品の開発元が少なすぎて、安定供給ができるのか疑問に思った製薬会社など医療業界が取引を渋っていたようです。
つまり、「なんだかカブトガニの血に変わる新しい成分が開発されたらしいけど、今のところ売ってるのってロンザさんだけなんだよな~。カブトガニを守るためにもこれに切り替えた方がいいと思うんだけど、ロンザさんだけで必要な量作れるのだろうか。それにもしこれに切り替えてからロンザさんが倒産でもしたらどうなるんだろう……」
……などという懸念があったものと思われます。
また、もう1つは……ああ、やっぱり。
カブトガニの血を売ってなんぼの会社が、代替薬品の流通に反対していたのですね。
代替薬品が流通すれば、自分たちの採血したカブトガニの血が売れなくなってしまいますものね。
カブトガニの血は1リットル当たり180万円(!)もするそうですから、これは大きな損失なのですね。
………ですがだからといって代替薬品の流通を邪魔していいことにはなりませんし、そんな理由で流通を邪魔していたのだとしたらこれは大きなスキャンダルです。
もし本当にその必要がないとわかっていながら、15年間で200万匹もの希少生物カブトガニを死なせてきたのだとしたら、企業の責任は凄まじく重いのですね。
せっかく素晴らしい代替品があったにも関わらず、その存在が無視され、採らなくてもいいカブトガニの血を採り続け、結果死ななくてもいい子たちが死に、壊れなくてもいいはずの環境が破壊され続けた……。
………一体誰が責任を取るのでしょう。
会社幹部総辞職……となったとしても軽すぎるのですね。
さらに悪いことに……おお……。
なんと「代替薬品rFCの流通に反対するカブトガニの血液を売ってなんぼの会社」には、「代替薬品rFCを作っているロンザさん」自身も含まれているのですね!
……身内に悪魔の手先がいました。
これじゃぁ流通するはずもありません。Dingさんたちは大いに失望したそうです。
……当たり前ですね。
自分たちの利益を追求するあまり、生き物の命だの自然環境だの大切なことが後回しになる辺りいかにも人間らしいですが、カブトガニがいなくなったら人間も血を取れなくなりますし、生態系もおかしくなってしまいます。
結局それで困るのは自分たちだということに……どうして気付かないのだろうか。
マングース問題に同じく後先考えないで無責任な行動をする人がなぜこうも跡を絶たないのであろうか……。
……その辺の問題を根本的に解決しない限り、rFCは永遠に普及しそうにありませんし、環境にもカブトガニにも人間にも、未来はないと思うのです。
だがまだ希望はある?
ただ、最近では変化もあるのですね。
2016年にはヨーロッパでrFCを使うことが法律で認められ、アメリカも後に続くものと思われます。
……法的な問題もあったのですね……。
rFC、受難多し。
また2013年には「ハイグロス」さんという会社が2社目のrFC供給元として参入し、その後もrFCを製造できる会社も増えつつあるようですから(上のイーライリリー・アンド・カンパニーさんもその中の1つかな)、今後安定的に供給することができるようになっていくのですね。
これでやっと、カブトガニさんたちが安心して暮らせるようになりますね。
カブトガニの血液を売っていた会社がどう出るかは定かではありませんが、せっかく良い方向に事が進んでいるのですから余計なことはしないで欲しいものですね。
カブトガニさんたちにはさんざん人の命を助けてもらって、人はカブトガニさんを助けない……では道理が立ちません。
カブトガニさん……無事に数が回復するといいですね。