何とはなしに、きつねとコーラ。

管理人のきつねとその相棒のべっつりコーラが、日々の出来事について思ったことや感じたことをただ淡々と述べていくだけのブログ。

平成最後のお正月!やめる?やめない?みんなにとっての年賀状って一体何だ

間もなくお正月

終わってしまいましたね……クリスマス。

あれだけ大騒ぎしていたのにもう町中では飾りが片づけられ、既に年越しのモード……じゃないや、ムードになっていますね。


このさばさばとした変わり身の早さには舌を巻くしかないのですが、とりあえずこれならきっともうすでにクリスマス商戦は終わっているはずですし、2日ほど前の記事で書いた例のアレもそろそろ問題なく買えるようになっているはず……。

……間もなく次は「お正月商戦」が始まるかもしれませんが。


また、それにともない数日前から年賀状の季節が始まりつつあるようです。

毎年恒例年賀状は、もともと奈良時代から続いていた「新年に親しい人の所に挨拶回りをする」という風習が、その後手紙に変わり、さらに明治時代に郵便が発達したのに伴いはがきになったものなのですね。

最近では11月のはじめ頃からコンビニやスーパー、はたまた家電量販店など、色々なお店で年賀状専用のはがきが売り出されますね。
私の住んでいるところの最寄りのコンビニも例外なく年賀状を扱っています。

普通の無地の年賀はがきのほかに、毎年の干支のデザインが入ったかわいらしいはがきも色々あるので、買う時には目移りしてしまいますね。

また店員さん曰くここ数日で年賀状はがきがよく売れているらしいのですね。

その中でも驚いたことに一番の売れ筋は無地のはがきの、インクジェットプリンタに対応したものなのですね。
きつね、てっきりかわいいデザインのものが売れているのかと思っていました……。

無地が好まれるのはおそらく自分で好きなデザインにできるからなのだと思われます。
しかもインクジェットプリンタに対応していますから、パソコンで描いた絵を印刷して量産することができるのですね。
自分で絵を描く以外にも、最近ではサイバーショットだのiPhoneだの、デジカメの類が普及してきましたから、写真をうまく加工して年賀はがきにすることもできるのでしょう、多分。

一昔ほど前までは画材を使って手作りで作る年賀状などが主流だったと思うのですが、最近ではみなさんパソコンを使って作るのですね。

私もせっかく絵が描けるのだからなんか作ろうか……などと思うのですが、私は年賀状なんてものは最近は書かなくなってきたのですね。

……というより、考えてみるときつね、年賀状なんて書いたためしがないのですね……そもそも送る相手がいないのです!

そのため年賀状などという文化は私にとってはあってないようなもの……。
平成最後のことし~来年を機に年賀状を辞める人も多いらしいですが、当然ながらそれらの「大変動」も私にとっては無縁の話だったようです……。


はがきかメールか、年賀状ってナンだ?

……年賀状のことを書こうと思ったのに、なんだか今日は文章がまとまりません。
多分「文章の目的(≒結論)」というものが無いからなのだろう。

目的がないがゆえにまとまらない……私の人生とおんなじです。

年賀状には縁遠い私が年賀状のことを書こうだなんてそもそも無理があったに違いない……。


……ですが既に筆を執ってしまった以上、このまま終わってしまっては読んでくれているみなさんに対して失礼です……ここは何らかの、それらしい結論に持って行かねば……!


……それにしても、一体何なのだろう、年賀状って……。

毎年もれなく

(はがき代+インク代+電気代)×人数+「作る手間≒自分の人件費」+「仕上がりはこれでいいのだろうかという不安≒自分のエネルギー≒食費」

……などの諸々のコストを消費して、「この一年間話したこともないような相手」に送りつける「とりあえずあなたとはまだ縁が繋がっていますよ」メッセージ……。

送る方には送る手間とコストが、読む方には読む手間と「まだ縁が切れていない!返事を書かなきゃ!」という重圧が、それぞれ重くのしかかり、結果双方ともにメリットがある気がしない毎年恒例のイベント……。

縁遠い人には「まだ縁が切れていない」と思われ、近しい人には「メールで十分じゃん」と思われる……なんだかあんまり送る意味がないし、こういうことをしている暇があったらもっと有意義に時間を使いたいな~などとも思うのだけれど、毎年惰性でなんとなく作って送ってしまう割と無駄なメッセージ……。


……などと考えてしまうのは私が年賀状を出さないからなのでしょう、きっと。

中には年賀状を作るのが楽しいという人や、メールがあるけどはがきを貰うとやっぱり嬉しいという人もいるでしょう。

……多分……。


ですが年賀状の由来は上にも書いた通り「新年に挨拶回りをする風習」が、郵便技術の発達に伴い「手紙」「はがき」と次第に形を変えてきたものだったはず……?

つまり、最初は相手の家を訪ねて「あけましておめでとうございます!」と直接言っていたのを、次第に「アイツんち遠いから手紙でい~や」で済ませるようになり、明治以降はそれが「最近はがきという便利なものが出てきたんでこれで送ればいいや」となり、時代と共にどんどん簡素化されてきたのですね。

……と、いうことは……。
この流れでいくと、「手紙」や「はがき」がそもそも「メール」に変わった今、もはや「あけおめメール」で十分であり、敢えてはがきで送る必要もないのではなかろうか……。

つまり、「直接あけおめメッセージ」→「あけおめ手紙」→「あけおめはがき(=年賀状)」という進化の過程の最先端に「あけおめメール」があるのであり、これこそが今どきの「年賀状」なのではないか……!

……などと考えてしまうのですが、それはおそらく私が年賀状を送ったことが無いからなのでしょう。

このようなことを言うと古き良き時代の伝統を守ろうとする人たちからは「年賀状とははがきで送るものだ!メール1通で済ませるとは何事か!」などとお叱りを受けてしまいそうですね。

……いや、むしろ!
年賀状のそれぞれの「進化」の途上で、このような「お叱り&議論」は繰り返し巻き起こされていたのではなかろうか……。

つまり、最初期の頃、「直接訪問」が「手紙」になったあたりのころは「新年のあいさつは直接相手の家に行くものではないのか!手紙で済ますとは何事だ!」となり、その次の段階、つまり「手紙」から「はがき」に移行するときは「新年のあいさつは手紙で書くものではなかったのか!はがき1枚で済ませるとはどうなのだ」……などと言われていたに違いない!

そしてそのたびに先見の明を持った若い人たちからは「これからは手紙の時代なんだ!」だとか「これからははがきの時代なんだ!」だとかいう反論があり、毎回毎回伝統保護派との間に激しい議論が巻き起こっていたんだ、絶対そうだ!

ということは、年賀状の「現在の姿」である「あけおめはがき」がこれから「あけおめメール」になっていくのは時代の自然な流れだった……のかも?


う~ん……、どうなのだろう。
大変申し訳ないのですが…………………………………よくわかりません。