世界一重い硬骨魚
……タイトルを見て「何だこれ」と思うニュースがあったのでちょっと紹介しようと思います。
どうやらことしの9月にギネス世界記録のサイトで「世界最重量の硬骨魚」として「ウシマンボウ」が認定されたそうです。
硬骨魚……というのは、サメやエイの仲間……いわゆる「軟骨魚」以外の魚のことで、私たちが一般的に「サカナ」と呼んでいる生き物を指します。
その名の通り硬い骨でできた骨格を持ちます。
脊椎動物の骨というのは「軟骨」と「硬骨」の二種類がありますね。
軟骨というのはおつまみの「鶏の軟骨」などに代表される軟らかいプラスチックのような骨のことですね。
ケンタッキーフライドチキンの骨の端に付いていて、食べるとコリコリとした歯ごたえでおいしいアレです。
硬骨というのは所謂「ホネ」のことで、ケンタッキーフライドチキンの中にあって食べることができない硬い部分ですね。
ご存知の通り陸上に住む脊椎動物ならば全身のほとんどの骨が硬骨で、軟骨でできているのは関節などの一部のみです。
この陸上動物と同じ特徴の骨を持つ魚……ほとんどの骨が硬くて、軟らかい骨は一部のみ、という魚を「硬骨魚」と呼びます。
逆にサメやエイなどは硬い骨を作り出すことができないので、全身の骨が軟骨でできています。
このタイプの魚のことを「軟骨魚」というのですね。
両者は遥か遠い昔に共通の祖先である「無顎類」と呼ばれる「あごを持たないサカナ」から分れて進化しました。
「無顎類」は古い所ではミロクンミンギアやメタスプリッギナ、最近のものではヤツメウナギやヌタウナギなどが知られていますね。
あごを持つように進化したことにより、脊椎動物は「噛む」という強力な武器を手に入れたわけなのですが、その話はとりあえず置いておいて……。
……ようするにサカナには硬い骨を持つものと、軟らかい骨しか持たないものがいるのですね。
でも、私たち陸上の脊椎動物は全て硬い骨を持っています。
これは陸生の脊椎動物が硬骨魚類の一派である「肉鰓類」から進化したからなのですね。
なので広い意味では私たちも「硬骨魚類」に含まれます。
ギネス記録にウシマンボウが認定
さて……本題なのですが……。
1996年に千葉県で巨大なマンボウが水揚げされ、鴨川シーワールドの職員の方がその記録を付けていたそうです。
そして後にそれが世界一重い硬骨魚だとギネス認定されたのですね。
そのマンボウが「ウシマンボウ」だった……のだそうです。
……どうやら凄いニュースなのだそうです。
でも一体何がすごいのでしょう……ただ単に「世界一重い硬骨魚」が決まっただけなんじゃ……?
そう思っていたら、何やら裏に色々な事情があるようでした。
普通のマンボウだと思ってた
マンボウというのは、フグ目マンボウ科マンボウ属に分類される魚ですね。
……なんとフグの仲間なのです!つついても膨らまないかなぁ……。
色々な所で「3億個の卵を産んで2匹しか生き残れない最弱の生物」だの「生き残りの倍率が高すぎる」だのと言われていますが、実はその生態はまだよくわかっていません。
マンボウ属には現在3種が知られています。
(普通の)マンボウ(Mola mola)
ウシマンボウ(Mola alexandrini)
カクレマンボウ(Mola tecta)
ですね。
ですが実はこれ、2009年になってようやっとわかったことだったのですね。
マンボウは成長にともない姿が変わることがあるため、見た目での分類では同じ種類のものが別種と思われたり、逆に別の種類なのに同じ種類だと扱われたりすることが多々あったようです。
そのため過去には33種もの種の学名が提唱されていたことがあるほど。
それが2000年代に入り、DNA解析の技術が進歩することで、見た目ではなくDNAを使って生き物を分類できるようになってきたのですね。
マンボウについてもマンボウ博士の澤井悦郎さんという方のチームが2009年に解析を行い、33種いると考えられていたマンボウは実は3種のみであったということがわかったようです。
澤井さんはその3種にとりあえず暫定的に学名を与えることにしたのですね。
Mola sp. A
Mola sp. B
Mola sp. C
Mola sp. というのは「一応モラ属(マンボウ属)であるということはわかっているが、まだ名前を付けていない」という状態です。
つまり「マンボウA」「マンボウB」「マンボウC」ということですね。……そのまんま……。
その後澤井さん達が新たな論文を発表し、2017年7月に「マンボウC」が正式に「カクレマンボウ(Mola tecta)」と命名されるに至ったのですね。
ウシマンボウ……という名前も2010年頃には使われていたようなのですが、正式に学名が付けられたのは2018年頃のようですね。
「マンボウA」がウシマンボウとなり「マンボウB」が普通のマンボウとなったわけなのですね。
……つまり、最近のDNA調査でマンボウという魚が正確に分類ができるようになり、今までの「種」が変わってしまったのですね。
……あれ…………………?
巨大マンボウが水揚げされたのは1996年でしたよね……それじゃぁあれは一体……?
調べ直したところ、実はあの魚はマンボウではなくウシマンボウだったということがわかったのですね。
でも当時はまだ「ウシマンボウ」という名前は無かったので、「マンボウ」だと思われていたのですね。
……つまり!1996年時点では「世界一重い硬骨魚はマンボウ」と思われていたのが、「あれは実はマンボウじゃなくてウシマンボウだった!」ということになったわけです。
澤井さんは新しく発表された論文を根拠に、「世界一重い硬骨魚はマンボウ」というギネス記録を「世界一重い~ウシマンボウ」という風に書き換えてもらうよう申請したのですね。
そしてその申請が通り、このたび「世界~ウシマンボウ」となったのですね。
なるほど!それはすごい発見だ!
マンボウだのウシマンボウだの似たような単語がいろいろ出てきてややこしいですが確かに大発見だったということはわかりました。
今でも混乱が絶えないほど紛らわしい
ただ、マンボウが3種類いるということが分かった後も、分類に関してはいまだに世界中の研究者の間で混同が起こっているようです。
一説によると絶滅危機動物を記録しているレッドリストに登録されているマンボウ属の写真と名前が一致していないことがあるなどの混乱が絶えないらしいですね……。
ウシマンボウも、成長すれば見た目でマンボウと区別ができますが、成長するまでは見た目の特徴が出てこないので普通のマンボウとよく間違えられるのだとか……。
カクレマンボウに至っては普通のマンボウとどう違うのか一目見ただけでは殆どわかりません。舵びれ(マンボウの尾びれ)の辺りが違うらしいのですが……。
つまり「つかみどころが無さすぎて顔と名前が一致しない」のですね。私もどれがどれだかさっぱりわかりません。
なんにせよマンボウという魚は専門家ですら種類の区別が難しいのですね……。
マンボウ…………身近なようでいて身近ではない、誰もが知っているマンボウ型でわかりやすいようでいてわかりづらい……なかなか奥が深い魚ですね……。