何とはなしに、きつねとコーラ。

管理人のきつねとその相棒のべっつりコーラが、日々の出来事について思ったことや感じたことをただ淡々と述べていくだけのブログ。

ベネチア水没?水の都が水浸しの都に!

イタリアで暴風雨

寒くなってきましたね。
今日なんか私の住んでいる所では気温が15度程度しかなく、ついつい余分なものを一枚羽織りたくなってしまいます。
そろそろ早く温かい毛が伸びてくれればいいのにと思う時分なのですが、この寒い季節になんと水の話題です。

先月……と言ってもつい3日ほど前の話なのですが、10月29日にイタリアが暴風雨に見舞われたそうですね。

おかげで観光で有名な北部の町ベネチアも被害に遭い、また満潮の時間と間が悪く重なってしまったこともあり、海の水位が増えて町の4分の3が沈んでしまったそうです。
2008年に起きた高潮による洪水以来10年ぶりに水の深さが156センチを超えたそうで、地元の人たちや観光で来た人たちは長靴を履いて町中を歩きまわっていたようですね。

またちょうどベネチアラソンの開催日とも重なり、参加していた人たちは冠水した道路を走る羽目になったそうです。
……ただでさえ苦しいマラソンに足元の水の抵抗まで加わってしまったのですね……これは大変だ……。

さらにお店やレストランも閉まり、名物の水上バスまでが運航休止になるほどだったそうなので、かなり想定外な大災害だったのかと思ったのですが、どうやら洪水自体はベネチアではよくあることみたいですね……。

今の季節はちょうど低気圧と季節風、潮の満ち引きなどの関係で高潮による洪水が増えるそうで、地元では「アックア・アルタ(Acqua alta)」と呼ばれているそうです。
「アックア・アルタ」は元々単に満潮を表す言葉だったらしいのですが、いつの間にかベネチア周辺の異常な高潮を表すようになったのですね。
洪水の季節は秋から春まで続くのだとか。

秋から春……一番寒い時ですね……こんな時に町じゅうが水浸しになるなんて考えただけでも恐ろしいですね。
それともイタリア半島は日本よりかは温かいのでしょうか……。

いやいやなんにせよ一年のうちの半分以上が洪水の季節だなんて、なんだか有名な観光の名所が牙をむいた素顔が意外な所で垣間見えた気がしますね……。


ベネチア

ラテン語で「ウェネティ人の(土地)」を意味する「Venetia」という言葉に由来する名前を持ち、大小さまざまな水路が入り組んでいる言わずと知れた「水の都」ですね。

アドリア海の女王」などと呼ばれているベネチアですが、同時に「沈みゆく街」などとも言われていますね。

どうやら歴史的にみても洪水や高潮とは縁が深い仲のようです。

ベネチアは元々5世紀頃にゲルマン人の襲撃から逃れた北イタリアの人々が、「ベネチアの潟」と呼ばれる干潟に作った町なのですね。
ベネチアの歴史はどうやら紀元452年にはもう始まっていたようです。

当時は足を取られるほどの沼地だったらしいのですが、みんなが協力し合って地盤固めの工事をし、人が住めるようになったのだそうです。

ただし整備されたとはいえ、元が干潟なので昔からずっと浸水被害に悩まされてきたのですね。

また戦後、対岸で工業用地下水のくみ上げを行ったせいで地盤沈下が進み、さらにそこに地球温暖化の影響で海面が上昇したのも加わって水位が26センチも上がってしまったようです。

現在では地下水のくみ上げは禁止されているので地盤沈下は治まったらしいのですが、海面上昇は未だに治まらないのですね。
今世紀末には浸水が1日2回、年間660回に達するという予測もあるそうです。

1日2回……満潮の時間に合わせて毎日2回も町が沈むのでしょうか……。

そのうち沈んだまま元に戻らなくなったりして……?

街が……沈む!

まさに「沈みゆく街」ですね……。

きっとその内ベネチアは「水の都」や「沈みゆく街」ではなく「水没した街」「水に滅ぼされた都」と呼ばれるようになり、少し前に関西国際空港で見られたあの光景が実は未来のベネチアの姿だったのだとまことしやかにささやかれ、当時関空に滞在していたイタリア人たちの間で伝説として語り継がれていくのだろう。

ただ、定期的に洪水に見舞われている分対策の方も万全で、48時間前から洪水というか高潮の発生を予測して危険地域の人たちに知らせることができるのですね。
さらに町には「ギャングウェイ」というシステムが備わっており、実際に水が入ってきた場合に活躍するのだとか。

「ギャングウェイ」は金属の支柱と木の板でできた足場(机?)をたくさん並べて道を作るというもので、これなら道路が水に沈んでしまっても住民の通り道を確保することができるのですね。

でもそんなにたくさんの足場、普段は一体どこにしまってあるのだろうか……。

これらの足場は普通は高潮の潮位から120センチ程度の高さに設置されるのだそうで、今回も最初のうちは活躍していたそうです。
ですがさすがに水位が上がりすぎたらしく、洗い流される危険もあったため最後の方は撤去されてしまったみたいですね。

さらには観光名所で知られているサン・マルコ広場や大聖堂もついに水没して閉鎖され、町のお店もポンプやシャッターなどで浸水を食い止めようとしていたという話なので、やはり今回の洪水は想定外の異常事態だったのでしょう。

ただ、水浸しのプールと化したサン・マルコ広場で水遊びを楽しんでいる人たちもいたようです……。

この寒い時……いや、災害時に水遊びだなんて……やっぱり慣れっこなんじゃ……?
なんというか……逞しい……のかな……。


モーゼ計画

ですがさすがにベネチア市の方でも高潮をどうにかしようという話が出ているみたいですね。

その一つが「モーゼ計画」と呼ばれるプロジェクトです。

これは可動式の防潮堤を建設する計画で、現在ベネチア市が進めていますね。

「モーゼ」という名前は旧約聖書で海を真っ二つに割ったあの人の名前と、イタリア語の「Modulo Sperimentale Elettromeccanico(実験用電子工学モジュール)」の頭文字の「MOSE」とをかけて付けられたのだそうです。

ベネチアの周りの海は「潟(ラグーン)」と呼ばれる地形になっていて、細い半島や島に囲まれていますね。
この島と半島がベネチア島の浮かぶ内側の海と、その内側の海を囲むさらに外側の海との間を隔てていて、天然の防潮堤のような役割をしているのですね。
その天然の防潮堤には三か所切れ目があり、高潮はそこから内海に進入してくるようです。

そこでそれらの切れ目にそれぞれ高さ30メートル、幅20メートルの金属製の防潮堤を合計79基設置することにより、高潮を食い止めようというのがこの「モーゼ計画」なのですね。

防潮堤は普段は水の中に沈んでおり、外からは見えませんが、高潮が110センチを超えると持ちあがって現れ、外海からの水の流入を遮るのですね。
これにより内海の水位を外海よりも2メートルほど低く保つことができるのだそうです。

2003年から工事が始まり、2011年には完成する予定だったのですが、色々と問題もあるようで、今までに何度も延期されているのですね。
当初の見通しよりもコストが大幅に多く掛かることが分かった他、2014年にはこの計画をめぐる汚職事件で市長さんたち幹部が逮捕されたのだそうです……おかげで計画は遅々として進まないのだとか。

一説には堤防完成は2022年ころまで掛かるのではないかと言われています。
なんだか他人事とは思えない気がするのですが……。
日本でもありませんでしたっけ、そんな建設計画……?

また実際に完成したとしても、外海の水を完全には防ぎきれないという問題やら外海からの海水の流れが止まることにより内海の水質が悪化し、生態系に悪影響を及ぼすのではないかという懸念やらいろいろ問題があるようです……。

……なんだかどこかで聞いたことがある話ですね。
「景観を損ねる」だの「生態系に悪影響が出る」だの「そもそもお金がかかりすぎる!」だのの指摘があるところも妙にリンクする本家の方も気になりますが、ベネチアの堤防……どうなんでしょうね……ちゃんと完成するのだろうか……。

いっそのこと普段は目に見えないが確かにそこに存在しているし町の人々に認知もされているあの青と赤の二柱の水の都の護神と伝説の宝石の力で町を高潮から守ることができればいいのに。
長きにわたりゲルマン民族の攻撃に耐えてきたベネチアなのだから、その中枢部には町を守る古代文明の防衛システムが備わっていて、青い方の神と宝石とを動力として起動するに違いない。

ともあれ、この「アックア・アルタ」……「体験したい方は今がチャンス!」……らしいですよ……。
1メートル以上の深さがある洪水だなんて、おまけに後でベトベトになる海水だなんて、私はごめんですけど!